これはマーケティング・コンサルタントであるマクマックス氏のいわゆる「How To」本である。だがこの本を平凡な実用書以上の物にしているのは、そのユニークなアプローチにある。この書にはサクセス・ストーリーは出てこない。あるのは氏の経験した手痛い失敗談ばかりである。

 

これらの例を丁寧に取り上げながら、氏はマーケティングが失敗した理由をアメリカ人らしいユーモアと辛辣さとともに解説している。多少のアレンジはあるにしろ、これは氏がフィールドで学んできたプロセスそのものだろう。

 

この書にはいくつかの個所で、コーラについての記述がある。商品の模倣の章ではコークの”偽者”がいかに成功しなかったかについて、商品イメージの章では”refreshing”のキャッチコピーが持つ意味について、といった具合である。ライン延長の下りで、ペプシの朝用コーラ「PEPSI AM」が出てきたのにはクスリとさせられた。

 

惜しむらくは、社名や商品名を挙げて具体的に書かれ過ぎているため、日本人には理解しづらい部分があることだ。また「砂糖がけした」と訳すべき”Frosty”を「冷凍の」とするなど、一部で翻訳違いも見られる(邦題の拙さもしかりである)。だがそれを差し引いても、マーケティングに少しでも身を置く向きにとって十分興味深いヨミモノといえる。

 

だが、中には違和感を覚えるものもある。特に「Fooling your cash caws(金の木をいじるな)」のクリスタルペプシの話を読んでいると、氏の理論が「後付け」のように思えてくるのだ。もちろん理論が実践に先立つことは稀だが、氏の主張からは理論をうちたてる人間特有の傲慢さがわずかながら感じられる。

 

この章の内容を要約すると次のようになる。ペプシが透明飲料を開発したのは成功だったが、コーラの味付けにしてペプシのブランド名を使ったのは間違いだった。もしそれが市場に受け入れられれば主力ブランドを喰ってしまうだろうし、またクリスタルペプシのイメージをアピールすれば消費者は既存のブランド(つまりペプシ)そのものを疑問視することになる、と。

 

確かにその主張は、透明飲料が一過性の流行であるということが確定しているというのなら理解できる。しかし当時の健康ブームの中で、コーラという飲み物自体が市場から否定されないとは誰が断言できたであろうか。イメージが支配するコーラ市場において「Cash Cow(金の木)」がいつ「Dog(負け犬)」に転落するかはわからない。ペプシは「(新市場の)分け前に預かる当然の権利がある」と考えたのではなく、市場の好みが動いたときのプラットフォームを用意したとは言えないだろうか。仮にクリアー飲料の市場が成熟していれば、ペプシはコークを圧倒していたことだろう。

 

また氏はペプシの「PEPSI Strawberry Burst」等のテスティングについて以下のように述べている。

ペプシコは旗艦ブランドを使って無謀な実験をしているように見える。同社は数年に渡り、夏の数ヶ月だけ手に入る一風変わったペプシコーラのフルーツフレーバー入りのタイプを相次いで生産した。(中略) いったい何が目的だったのだろうか。このフレーバー入りが欲しくても入手できない消費者は見捨てられたと感じ、気に入らなかった消費者は裏切られたと感じたことだろう

 

ペプシの本質は「挑戦」である。ペプシの新製品が不味かったところで、どれほどの消費者が裏切られたと感じるだろうか。テスティングは彼らの伝統であり、それが出来るところがライバルとの最大の違いなのである。ペプシが氏の主張に従っていれば、PEPSI Twistは決して生まれなかった。

 

・・・となんだか熱く語ってしまったが、この章以外の内容は十分に面白く為になるものだった。いや、ほんとに。

某企業 マーケティング本部所属 中本

「80,000点に学ぶ新製品開発マーケティング」
What Were They Thinking?
ロバート・M・マックマス著 杉原素明訳
東急エージェンシー ISBN 4-88497-090-X
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