コーラ白書
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コーラ小説「バラスト・スプライト」

あらき

 「いつものように満タンに頼むよ」とパイロットは、サングラス越しにぼくに笑いかけた。「30分ぐらいですね。休憩所で休んでください」と、ぼくはいつもの台詞を繰り返し、キャップをはずしてノズルを差し込んだ。レバーを引くと手に軽い振動が伝わり、勢いよく透明の液体が流れ込みはじめた。

 「今回のフライトは長旅でね。疲れたよ」パイロットは、長い孤独から解放されて饒舌になっていた。「人類のフロンティアで働くっていうのは聞こえがいいもんだが、やってることは地道なものさ」こんな時、最新の様子が聞ける。「最近の月の様子はどうなんですか?」

 「そうだな。ダイヤモンド鉱山の試掘が急ピッチに進んでいるな。怪しげな山師が押し寄せてきてるぜ。西部開拓時代のゴールドラッシュだな」と。パイロットは、太陽をまぶしそうに見ながら話しだした。

 月に基地をつくろうと掘り返しダイヤモンドが出てきて以来、彼のような独立系の宇宙船会社が乱立し、月と地球の行き来が急に盛んになったのだ。彼のような宇宙船は、試掘した月の石を何トンも積んでくる。そして、月に向かうときには宇宙船の質量バランスをとるためのバラストとしてスプライトを積んでいく。「採掘労働はのどが渇く。だから売れるのさ」と、パイロットは話を締めくくった。

 「バラスト・スプライトでよかったらどうぞ」ぼくが、大きなリッターカップに向けてレバーを引くと、一瞬で透明の液体が満たされた。パイロットは受け取った透明なカップを太陽にかざし、一口、うまそうに飲み、休んでくると言い残して休憩所に向かった。

あらき さん ― 本職はエンジニア。最近は図面を書くのが面倒になってきた。もともと遠視ぎみなのに老眼が入り始めている。