後編
コーラを撮る「ニューヨーク・マンハッタン編」

灯台下暗し

フィラデルフィアにもう一日楽しんだ後、同じルートでマンハッタンの喧騒の中に帰ってきた。後半泊まるホテルまで少し距離があるのでタクシー乗り場で並んでいると、ふとホテルペンシルバニア横の路地にある一軒の店が目に付いた。初日にバスを降りたところのすぐ近くである。あの時はネオンサインのあまりの派手さにいかがわしい店かと思っていたが、どうやら食料品店らしい。

はたしてその店は、典型的な個人商店であった。入り口にロトとタバコ、中央に日常雑貨と食料があり、一番奥の壁全面が飲料の棚になっている。薄暗い店内と独特の匂い、そしてレジの無愛想な店員と、いかにもマイナーなコーラが潜んでいそうな雰囲気だ。棚の前の分厚い透明ビニールシートをめくって、潜るように棚を見渡してみる。

と、そこに奴の姿があった。

PEPSI Vanilla。探し求めていた幸せの青いコーラは、初日マンハッタンに降り立った所のすぐそばで売られていたのだ。NowhereがNow hereとはよく言ったものである。

嬉しいことは続くもので、見知らぬコーラにも出会った。Cane Colaという、エンボスの入ったレトロなガラス瓶に入ったコーラだ。名前のとおり甘味料にサトウキビを使ったもので、一昔前のドラフトコーラに近い。こういうコーラが残っていることで、アメリカのコーラ文化の奥深さを改めて実感した。

 

思い出の5番街

NYでの拠点にと、私はセントラルパークを臨むのこぢんまりとしたホテルを予約していた。値は張ったが、メトロポリタン博物館の向かいというロケーションと、5th Avenue沿いというのが気に入ったのだ。 以前コカ・コーラのフラッグシップショップ「Coca-Cola Fifth Avenue」を訪れて以来、私はこの通りに特別な思い入れを持っていた。

ガイドには名前は見当たらなかったが、歩いていけば見つかるだろうと5th Avenueを南へ歩いていくことにした。アッパータウンの静かな町並みはセントラルパークが途切れる辺りから賑やかになり、世界中のブランドが立ち並ぶ大通りへと姿を変えていく。

むかし店の店員からもらった名刺を頼りに通りの番地を追っていくと、金色で「Coca-Cola」と書かれたエントランスに行き当たった。白い大理石で縁取られた、かなり豪華な建物だ。しかし中には長い廊下の向こうに受付があるだけで、どうも店という雰囲気ではない。

扉の前でタバコをふかしている人に尋ねてみると、「Coca-Cola Fifth Avenue」は既に閉店しており、今はオフィスしか残っていないと言う。

私が以前ここで非常に感銘を受けたことを伝えると、そのおやじは自分も残念に思うよと言うとタバコを消してエントランスの奥へと消えていった。どうやらコカ・コーラのオフィスは禁煙のようだ。

ここのボトルは後で価値が出るかもしれないから大事にしろよ、と店員が軽くウィンクしたのを思い出した。あの時彼は閉店することを知っていたのだろう。 発行数が多すぎたボトルは大して価値はついていないのだけど。

 

タイムズ・スクェアの戦い

翌日、PEPSI Vanillaを入手して心に余裕の出たせいか、ブロードウェイでミュージカルが見たくなった。アイーダやシカゴなどの新作・話題作が目白押しだったが、私はあえて美女と野獣を見ることにした。実は私はこの有名な話を通しで見たことがなかったし、ブロードウェイならいまさら見る言い訳になるような気がしたのだ。

週に2回しかない昼間の公演だけあって、観客の半分くらいは子供だった。はじめは場違いだったかと心配したが、始まってみればとテンポの良さと独特の世界観にすっかり引き込まれてしまった。いままでオペラ座の怪人とレ・ミゼラブルしかミュージカルを知らなかった私にとって、このディズニーの作品はちょっとしたカルチャーショックとなった。

Lunt-Fontanne劇場から人の流れに沿って一ブロックほど歩くと、ブロードウェイとセヴンス・アヴェニューが交差するタイムズ・スクェアに行き着く。広場の北端に、おそらく世界でもっとも有名なコカ・コーラの看板がある所だ。

以前コカ・コーラのボトルが描かれていたその大看板は、今ではVanilla Cokeと新発売のDiet Vanilla Cokeの姿に変わっていた。バニラコークにはそれほど力を入れているのだろう。"Nothing Else Like It"という、いかにもコカ・コーラらしいキャッチが踊っていた。

しばらくそのあたりをぶらついていると、Planet Hollywoodの上あたりに今度はペプシの大きな看板が構えていた。こちらも新発売のPEPSI Vanilla とDiet PEPSI Vanillaの広告で、PETボトルを並べた構図はコカ・コーラのそれと同じ。ただこちらのキャッチは「BORING VANILLAS ARE SO LAST YEAR」と、ペプシらしい挑戦的なものだった。

この決して広くないタイムズ・スクェアで両者が火花を散らす絵図は、アメリカのコーラ市場の縮図を見ているようだ。おそらく今後各地でVanilla対決が展開することになるのだろう。

 

アッパー・イーストのファウンテン

数日滞在していると、おおよそどのあたりがどんな雰囲気なのかなんとなく分かるようになってきた。中でも一番心惹かれたのが、アッパー・イーストサイドと呼ばれる界隈だった。

この街には、古き良きアメリカの香りが残っている。控えめなアール・デコ調の建物が街を上品に飾り、重みを持たせながらも時代錯誤的な印象を全く与えていない。ミッドタウンの喧騒から数キロしか離れてないとは思えないほど、美しくて静かな街だった。

南北の通りでは、高級ブティック街のとして知られるマディソン・アヴェニューよりも、商店街の面影を色濃く残すレキシントン・アヴェニューがお気に入りだった。ホテルに帰るつもりで77丁目駅で降りたのだが、この通りの雰囲気に惹かれ、つい足が北を向く。

小さな商店や果物をいっぱいに並べた食料品店を冷やかしながら歩いていくと、一軒のカフェ・レストランが目に留まった。ネオンの吊り看板には”レキシントン・キャンディーショップ LUNCHONETTE”の文字が輝いている。

どこかレトロな雰囲気のある店のショーウィンドウには、所狭しとコカ・コーラのグッズが並んでいた。古いテンオンスのトールボトルに始まり、ホブル瓶やロゴ入りの玩具など、なかなかのコレクションである。しかし私の目を引いたのはその下にある金属の看板だった。

Malteds, Sodas & Sundaes fountain, Est 1925.

ファウンテンとは、ドラッグストアやレストランで飲料を売るコーナーのことである。19世紀後半から20世紀の前半にかけて社交場として栄え、初期の炭酸飲料文化を育んだところである。もちろんダイナー風の店内には20世紀始めの雰囲気はないが、ソーダファウンテンと名のつく店が存在していること事態が大きな驚きだった。

ちなみに帰り道のスーパーで"Jack Daniel's Hard Cola"なるものを見つけた。肩に飾りのついた洒落た褐色のボトルは、どこかアール・デコの建物を思わせた。

夜景の中に

PEPSI Vanilla を手に入れたことで、この旅の目的の1つは達せられた。しかしこの旅行の元々の目的、ニューヨークのペプシの足跡についてはいまだ見つけられずにいた。 マンハッタンで目に付くものは「現在」のペプシだけで、この街でのペプシの歴史を示すようなものがない。

最終日の夜、思い立ってマンハッタンの夜景を見に行くことにした。エンパイア・ステートからの眺めが素晴らしいとフィラデルフィアの友人が熱く語っていたのを思い出し、タクシーを向かわせた。

8時を回っていたにもかかわらず、カウンターにはチケットを求める長い列が出来ていた。$11.00を支払ってエレベーターに乗ると、建物の古さからは意外なほどのスピードで86階に到着。ここでエレベーターを乗り換えて展望台のある102階へと向かう。

102階から臨む夜のマンハッタンはさながら光の洪水だった。北にはミッドタウンの摩天楼、南にロウアーマンハッタンのビル群が輝き、東と西には光の絨毯がどこまでも広がっている。正直チケット高いなぁと思っていたが、この夜景なら価値はある。うちの親会社のビルが目の前にあったのはちょっと興醒めだったけど。

展望台を一周しながら今回の旅で訪れた場所を探していく。セントラルパーク、メトロポリタン博物館、フィフス・アヴェニュー。 そしてMoMAのあるクイーンズに目を移したとき、イーストリバーの川面に映える赤いネオンサインが目に留まった。

 

それは、昔のペプシのボトルと古いロゴマークだった。

私はやっと自分の勘違いに気づいた。ペプシの足跡はマンハッタンにはあるはずがない。彼らのホームタウンはニューヨークでもイーストリバーの向こう、ロングアイランドじゃないか。古いペプシのシロップボトルには、確かそうかかれていたはずだ。

苦笑しながらも、最後にこの看板を見つけられた幸運に感謝した。たかが1枚の看板だったが、今回はこれで良しと素直に思えたからだ。 

今度はロングアイランドのあたりを散策してみよう。またニューヨークに戻る理由が出来たことが、何よりも嬉しかった。

 


最後に、今回の旅で、コーラを見つけるたびに奇行に走る私を暖かく見守ってくれた妻に感謝したい。ありがとう。

 


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