中本 晋輔 「ホットコーラ」なるものをご存知だろうか? 読んで字のごとく暖めたコーラのことで、寒い季節にはちょっと心惹かれる響きである。この「ホットコーラ」には人の心を惹きつけるなにかがあるようで、昔ある喫茶店にあったとか中国では風邪薬として供されるといった噂は多い。宮本輝氏の作品にも同名を冠した不思議な雰囲気の短編小説がある。 しかし冷静になって考えれば、コーラに限らず全ての炭酸飲料は加熱した時点で破綻するはずである。100年を超えるコーラの歴史の中でも、ホットコーラが商品化されたという話は聞かない。 はたして美味しいホットコーラは実現可能なのか、今回の特集で検証してみた。 加熱してみる今回の実験には、日本コカ・コーラの「コカ・コーラ」を使用した。これは現時点で最も入手の容易なコーラである事に加え、近所の自販機でペプシとペプシツイストが売り切れだったためだ。また以前のコーヒーコーラではコカ・コーラを使ったものが結局一番美味しかったという「実績」もある。 ホットコーラと銘打つからには、加熱をしないと始まらない。2リットルのペットボトルを掴みステンレスのミルクパンにどぼどぼ投入し、ガスを点火。とたんにコーラと鍋の境界から泡が立ち始める。昔、コーラ料理を作ったときの事を思い出す。 ひと煮立ちさせて火を止め、グラスに注いでみる。湯気でグラスの口が曇って、見た目にはなかなか美味しそうだ。いけるかも。 しかし一口含んでみると、その期待は裏切られた。炭酸はもちろん、酸味やフレーバーが完全に抜けてしまっている。これでは単なる熱いシロップである。 二酸化炭素の液体への溶解度は温度が高くなるほど低くなる。ならば温度を押さえてやれば炭酸やフレーバーを残したものが作れるかもしれない。そう考えた私は近所のスーパーで料理用温度計を購入。デジタルで150℃までを小数一桁の精度で測定できるスグレモノだ。1,480円也。 ミルクパンに新たにコーラを注ぎ、こんどは弱火でゆっくりと加熱。注意深く温度を見ながら40℃と60℃で火を止めて取り出した。 60℃のサンプルは先の沸騰したものよりややフレーバーが残っているものの、やはり熱いシロップであった。これに対して40℃のものは若干の炭酸が残っていて、酸味とフレーバーも健在。コーラ感はあるものの人肌ではホットコーラと呼べるものではなく、むしろ夏場屋外に置いた飲みかけといった様相だ。 やはりホットの炭酸飲料は不可能なのだろうか? ミルクパン、家電に散るミルクパンを使った直火での加熱ではコーラが対流をおこす上に部分的にかなり温度が上がっている可能性がある。他の加熱法をネットで探していると、電子レンジで牛乳を温める話が目に止まった。そういえば嫁さんが朝から牛乳をチンしていたっけ。 いい大きさの耐熱グラスがなかったので、急遽モロゾフの200円プリンの容器(ガラス製)で代用。ちょうどお猪口とショットグラスの間くらいの大きさだ。ここにコカ・コーラを静かに注ぎ、我が家の旧式電子レンジに投入する。 とりあえず60秒セットし、ターンテーブル上で回転するコーラ(←このへんが旧式)を覗いていると界面からふつふつと泡が立ってきた。しかしミルクパンほど発泡は激しくないようだ。 60秒後に取り出して温度計をつっこんでみると、温度計の周辺から泡が!おぉ、まだ炭酸が生きている! 温度は75℃とやや高めだが、ミルクパンとのきとは明らかに様子が違う。これはいけるかもしれない。 飲んでみると炭酸のシュワシュワ感がわずかに舌に残り、酸味もしっかりしている。かなり熱いのだが、先の60℃の直火加熱サンプルより明らかにコーラ感は上だ。静かに加熱する事により高温でも炭酸が抜けずに残ったのかもしれない。 もう少し条件を振って、加熱時間を30秒と40秒でサンプル作成(10秒ごとしか設定できない為)。今回の条件では30秒だと温度は45℃、40秒だと57℃に、両方とも炭酸が残っている。興味深いのは元のコーラに比べても酸味が強く感じられる点。これがリン酸なのか炭酸由来なのかは分からないが、この酸味のおかげでぐっとコーラ感が増しているのだ。 なかでも40秒加熱のものは温度的にもホットドリンクと呼べる域で、味のバランスも良い。普通に美味しいホットコーラを作る事が出来た。 このままだと1,980円で購入したミルクパンが可哀相なので再チャレンジの機会を与える事にした。急激な加熱と温度上昇を防ぐため湯せんにして、真ん中に耐熱グラスを置いて60℃まで加熱。熱燗の要領である。 結構手間をかけて作った湯せんホットコーラは確かに炭酸は残っているものの、電子レンジ品に比べると何かが足りない。この差が何であるかは分からなかったが、ホットコーラには電子レンジがベストであるという結論に達した。
さらなる高みへこれまでの実験で、電子レンジを使うことにより美味しいホットコーラが実現可能である事が確認された。しかしコーラ白書としてはさらに上を目指さねばならない。 液体の温度が高いということは拡散係数が大きくなりフレーバーの抽出が容易になるという事でもある。すなわちこれまで自宅では困難であったコーラのフレーバリングが手軽にできるかも知れないのだ。またホットコーラならではのフレーバーも楽しめる可能性もある。 とは言え我々はホット飲料のフレーバーは全くの素人。なので紅茶やコーヒーの文献や己の想像力を頼りに購入したのは次のアイテムだ
今回の企画が以前のコーラ料理と違うのは、あくまでホットコーラという飲み物が主役である点だ。なのでただの甘いシロップになってしまうミルクパンでの煮込みはご法度。コーラの尊厳を守るために40秒の短期決戦が求められるのだ。 形から入ってみるホットのフレーバードリンクと言えばどこかお洒落でハイソな響き。素材も本物にコダワりたいところだ。なので近所のライフではなく成城石井まで遠征し、ガラス瓶入りのマスコットフーズ社のスパイスを購入。裏面の説明を読んでもイマイチ意味が分からないのだが、とりあえず形から入ることに意義がある。 1つ目はバニラビーンズ。キャラブキのような長い物体を前に「マダガスカル島産の世界最高品質のものです。」と書かれても、「ほぉ」としかリアクションできないのが辛いところ。 バニラ独特の香りは発酵した種にあるらしいので、種を出してさやと一緒にコーラに投入。コーラのような低俗なものと一緒になりたくないと嫌がるバニラを無理やり沈め、電子レンジで40秒間加熱する。取り出してみると、なんだか表面に油膜のようなものが張っている。そういえばバニリンは脂溶性だったっけ・・・。 とりあえず飲んでみると、上品なバニラの香りが微かに香るがコーラの印象を変えるほどのフレーバーではない。むしろ電子レンジ加熱により酸味が強く出てしまい、バニラのインパクトは非常に薄い。残念ながら投資の割には見返りの少ない結果となった。 期待の高かったシナモンスティックも同じような結果となった。やはり水系で40秒間で天然素材からフレーバーを抽出するというのはかなり難しいのかもしれない。 フットボールのような形のカルダモンはコーラの酸味との相性が悪く、妙な味わいの液体になってしまった。クローブ(丁子)は他のスパイスに比べればフレーバーの出が良く、エキゾチックなホットコーラに仕上がったものの、そんなに美味しいかと言われると、ちと回答に困ってしまう。 これら天然系素材について言えるのは、コーラで40秒加熱させるだけでは香りの抽出は難しいということだ。またコーラの甘さや加熱による強い酸味などに比べるとインパクトが弱く、ホットコーラ全体のレベルを押し上げるには至っていない。
ホットバニラコークへの夢を諦められない私は、近所のスーパーの製菓コーナーでバニラエッセンスを購入。エッセンスは加熱料理には使えないと聞いたが、とりあえず3滴ほど入れて加熱してみると、こちらはバニラの香りがまろやかなホットコーラに仕上がった。バニラビーンズ使用時に比べ香りがしっかりして、ホットにあった柔らかな口当たりだ。カッコ付けないで初めから合成バニリン使うべきだったと反省。
意外とイケる香辛料強い個性の導入として、まずはオリジナルのコーラにない要素である「辛さ」を検討した。素材には乾燥唐辛子と、土生姜を選んだ。特に後者は以前の実験でコーラとの予想外の相性のよさが見出された期待の材料だ。 まず唐辛子。乾燥した真っ赤な唐辛子1つを指でバリバリとつぶし、種とさやをコーラに入れて電子レンジで加熱。手順的にははじめのバニラビーンズと似てなくも無い。 先ほど芳しくなかった天然素材なのであまり期待をしていなかったが、匂いをかいで悶絶した。カプサイシン由来の催涙ガスのような香りに鼻がむずむずする。 湯気のたつ表面には赤いさやと、凶悪な丸い種がシュワシュワと泡に包まれて浮いている。種を注意深く取り除き恐る恐る飲んでみると、口の中がびりびりするほどの刺激が広がる。ハバネロスープなど目じゃないカプサイシン感だが決して不快ではなく、個人的にはむしろ結構好きな味。酸味と甘みとのバランスも良く、ホット版のニューエイジコーラといった趣きだ。ただ唐辛子1個はちょっと多かったかもしれない 次は土生姜。丁寧に皮を剥いて水洗いしたあとおろし金ですり下ろし、汁ごとコーラに投入。入れた瞬間に細かい泡が立ち、花が咲いたように見える。電子レンジで加熱すると細かい泡が激しく立ち、霧のように立ち上っている。 一口飲んでみると、こちらは飴湯のような口当たり。コーラの甘さと鼻に抜ける生姜の香りのバランスが良く、炭酸がアクセントとなったなかなかの逸品に仕上がった。生姜の量は一つまみ程度でも十分。体が温まるので、風邪のときなんかにもよさそうだ。
真のホットコーラへ唐辛子や土生姜で美味しいホットコーラを作ることが出来たが、これらは素材の個性で押し切った印象が強い。ここで原点に立ち返ってホットでコーラの美味しさを表現できないか健闘してみる。 前述の通り電子レンジでの加熱は炭酸が残る一方で、酸味が強く出て味のバランスが崩れるという欠点がある。これを補うために、さらに甘みを入れればよいのではないかと考えた。通常の温度ではドン引きされるこのアプローチもホットコーラであれば許されるだろう。 甘い系材料として選んだのが製菓用チョコレート・ハチミツ・カラメルソースの3つ。 製菓用チョコレートは共立食品の「レンジでとかしてチョコレート ミルク (洋生チョコミルク)を使用。そのままだとチョコ塊なのでまずこちらをレンジで溶かし、コーラの上に流し込む。当然冷たいコーラとの界面でチョコレートが固まり妙な固形物を形成するわけで、この時点で失敗の予感がする。 これを再度レンジで40秒加熱すると・・・なんかエグい物体に! コーラの上に浮いたチョコレートがボコボコと泡立ち、食品というよりは温泉の泥みたいになっている。うう、飲みたくないなぁ・・ ・。
勢いを付けて一口飲んでみると、コーラの酸味とチョコレートが奏でる不気味なハーモニーが口いっぱいに広がる。混ざらないという不利を差し引いても、これは不味い。別々に食べると美味しいんだけど。 気を取り直してハチミツへ。ティースプーンに1/3ほどをコーラに入れて加熱すると見た目も匂いも普通のホットコーラと変わらない。味にもハチミツの存在感はないものの口当たりが円やかになり、コーラ全体を底上げしている感じだ。酸味も程よく抑えられていて、いつものコーラをそのままホットにしたような印象だ。 そして最後にカラメルソース。カラメルと言えばコーラの着色に使われている材料だし、若干処理は違うけど期待は持てそうだ。 しかしカラメルソース投入に大苦戦。我が家の冬の台所の気温下ではカラメルソースの粘性がやたらと高く、力いっぱい絞っても口から出てこないのだ。湯煎をすること5分、なんとかブロー成型できるくらいの流動性を確保することができた。スプーンに1/3ほど取ってコーラに投入。40秒の加熱でほぼ溶解した。 こちらは酸味を抑えて円やかにする効果に加え、香ばしさと飲み応えが大きく向上している。自己主張のないハチミツに比べ、こちちはしっかりとした存在感がある。苦労の甲斐あってこれまでで最もコーラ感のあるハイレベルなホットコーラになった。
ナイトキャップを作ってみるナイトキャップといっても寝癖防止の帽子ではなく、寝る前に飲むお酒のことである。アルコール入りのホットコーラを作れば寒い冬でもよく眠れるのではないかと思いついたわけだ。 ナイトキャップ用に用意したのはラム酒「ロン サカパ センテナリオ 23年」と日本酒「上善如水」。前者は私がコーラに最も合うと信じるラム酒であり、後者は我が家の料理酒である。 今回の主役はあくまでコーラ。なのでコーラ70mlに対してお酒は10ml程度に抑えて香り付けとした。 まずはロン サカパ。レンジの扉を開けたとたんに芳醇な香りが漂う。元々コーラと相性のいいラム酒なのだが、加熱することによって円やかさと香りがさらに向上していた。酸味もラムの甘みで抑えられ、コーラ感も十分。一口飲んで、笑みがこぼれるほどの美味である。これはいける。 調子に乗ってバニラやハチミツなどを加えたバージョンも作ってみたのだが、とたんに味にまとまりがなくなってしまう。ロン サカパとコーラの相性の前に余計なフレーバーは必要ないのだろう。 同じアルコールでも日本酒を使うと雰囲気がずいぶんと変わる。日本酒の風味とコーラの酸味がうまく折り合わず、全体的に硬い感じの飲み物になってしまった。ロンサカパと上善を比べるのは少し可哀想だが、日本酒のグレードを上げてもこの傾向は変わらないように感じられた。 今回の結果を表にまとめる。
40秒という短時間の加熱のため天然素材のフレーバーは実力を十分に発揮できず、即効性の高いバニラエッセンスの後塵を拝した。また通常の低温(?)コーラに比べより強いフレーバーがマッチする傾向があり、生姜や唐辛子が予想外に健闘。また甘さをさらに加えるという従来のコーラでは考えられない手法も有効であることが分かった。 時間の関係でアルコール系は2種類しか検証できなかったが、この分野にはまだまだ可能性が眠っていそう。今後改めて検証してみたい。 ★ ★ ★ 気象庁によると今年の冬は寒くなるそうだ。あなたも自分だけのホットコーラを作ってみては如何だろうか? |