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あらき 「もう一杯、同じものを頼むよ」 オレはバーテンダーに空のグラスを押しやった。 ひとりぼっちになってしまうっていうのは理屈では分かっていた。覚悟はしていたが、ここまでヒドイとはな。 「みな、変わったでしょう? ここは、古いスタイルのままでやってますがね」 コーラを差し出しながら、彼はなだめるように言った。 五十ぐらいだろうか? オレが宇宙に出たときには、コイツも生まれちゃいなかったんだ。本来、公称、二百歳越えのオレが人生を語らなきゃならないところだろう。 「ここは、遺跡帰りがよく来るんだろ?」 五クラスとは、光速の九九、九九九パーセントで移動中の遺跡を調査することを指している。九が五つ並ぶからそう言われる。時間の遅れは二百倍以上になるから、オレのようにムコウで一年間も過ごせば二百年たっちまうわけだ。 「何世代も前の生き残りだからな。少ないだろうさ」 バーテンダーは、差し支えなければ、と付け加えた。 オレは当たり障りのない話しをした。遺跡での発見、研究の報告書は正式には提出済みだし、これから専門家による分析もあるからだ。守秘義務っていうのもあるな。非人類によって作られた遺跡は人類の科学・技術とは異なる基盤を持っている。だから、計り知れない価値があるのだ。 約八百年前、光速推進技術がやっとものになりかけていたとき、いたるところに、亜光速の未確認遺跡があることが発見された。太陽系UFOである。その中には、恒星の爆発など自然の力で亜光速飛行をする石や岩もあったが、非人類が造った人工物もたくさんあったのである。光速に近いものほど非人類の人工物、つまり、宇宙船や基地である可能性が高いことが分かっていた。 そういうものは非人類の高度な科学力により光速まで加速されていたものなのだが、乗り手である住民は、なぜかいない。オレたちは調査と称して、文明の遺産を頂戴するのさ。 「すまんな」 オレは長くなった話しの最後にボソリと言った。バーテンダーは聞き上手だった。手元のグラスはカラになっていた。 「先日、六クラスの方がいらっしゃいましてね。その方から年代もののスプライトを分けていただいたのです。調査隊オリジナルパッケージの四百年ものですよ。ここでもなかなかお目にかかりません」 スプライトが製造中止になって何十年にもなりますからね、と言いながら、彼は大きめのグラスについでくれた。年代もの特有のきつい炭酸は格別だった。調査基地のシェルターの空気のにおいがした。ぼんやりと小さな泡をグラスごしに眺めていると、また、遺跡調査に行かなきゃなるまいなという考えがどこからか沸き上がってきた。そうだな、次はオーバー六クラスがいい。生きる時代を失ったものにはちょうどいい、とオレはつぶやいた。 (おわり) 【著者のプロフィール】 「あらき」さん第X番目の「コーラ白書」スタッフをねらう技術者。特技は 図面を書くことだが、本人は飽きてしまっているし、白書で はそんな仕事はないため、常時応募中になっている小説に投 稿している。掲載が決まり妙に機嫌がいいため、家族が怪訝 顔だ。
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