コーラ小説

すこし・ちいさい


「おかえりぃ」

 私はだらしなくねっころがっていたソファーから起き上がって冷蔵庫にむかう. 私が『この人』と暮らし始めて半年にしかならないけど, 『この人』が帰ってきてまずビールを飲む人なんだってことわかるまでに1週間もかからなかった. ほんとに毎日なんだから.

「嶋さん,これ,何つけて食べるの?」

「おい,手で食べるのはよしなあ」

 右手に『この人』の箸と缶ビール,左手に私の箸とコーラの缶を持って言う. 私はお酒が飲めないからコーラでお付き合いすることにした. 1本200円のビールの横で昨日買って来た1本40円のコーラを飲むのもなんか不公平だけど, 隣でお茶飲んでるよりは気分いい. お互いの顔を見合わせて,「せーの」で同時に缶のふたを開ける. ぷしゅ.今時珍しいプルタブを引き抜いて一口飲む. いまどきプルタブがついてるなんて,このコーラいったいいつ作ったのかな. めんどくさいし,コワイから製造年月日は見ないで置こう.

 とりとめのない話をしながらご飯を食べて, 『この人』は冷蔵庫に2本目のビールをとりに行った. 会話が途切れた間,私はさっきはずしたプルタブをもてあそぶ. じっくり見てみるとなかなかきゅーとな格好してる. 隣のビールのステイオンタブと見比べてみる. やっぱりこっちのほうが可愛い. ごみにはなっちゃうけどね.

「よほどプルタブが好きなんだね,嶋さんは」

「ね,ね,昨日のあれ,やって」

「おなじギャグは2度やらないんだよ」『この人』は笑った.

「えー,あれギャグなのー」

「本気で指にコーラのプルタブつけて歩きたいの?」

そうじゃないけど.ちぇーっと.しょうがないから自分でやろっと.

「ちゃんちゃちゃちゃーん,ちゃーんちゃちゃちゃーん」

 結婚行進曲を口ずさみながらプルタブを左手の薬指にはめる. 私の指って細いからこの指輪はちょっとオーバーサイズだ. もう1号小さいサイズでちょうどかしら. 「見て,どうかしら」言って, 『この人』の方に手首をひねりながら手の甲を向ける.

「かっこ悪い」

すいませんでした.2日続けて同じことやった私が子供でした.

「そんなにプルタブが好きかあ?」言いながら『この人』は私の左手をつかむ. 別にプルタブが好きなわけじゃないよ.当たり前じゃない.

 突然,彼が私の指をじっと見つめた.彼は薬指からプルタブを抜き取ると, かわりにポケットからきれいな指輪を取り出して私の指にはめた. 私の指にぴったりで,とってもきれいな指輪.

「もうプルタブなんか指にするじゃないよ.プルタブは練習だったんだから.」

そう言いながら『この人』は私の肩を優しく抱いた. 私は左手を右手でぎゅっと握り締めて,2度,うなずいた.

 次の朝,彼のジャケットのポケットから, 例のプルタブと紙切れが出てきた. 彼との約束を少し破って, 左手の指輪を外して右手に付け替えてまた左手にプルタブをつけてみた. なんだかこれはこれで私に似合ってるんじゃないかしら. あはは.笑いながら二つ折りになった紙切れを開けてみた. そこにはこう書かれてあった.

「これよりすこしちいさい」

M-TAM

[3月号表紙]
コーラ月報3月号

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