コーラ小説

長屋の花見


 江戸の古い噺に「長屋の花見」なんて噺があるんですな. まあ,いつの時代にも「花」って言うだけでもう, うれしくなっちゃってどうしようもないってような輩がいるもんです.

<扇子をぽんぽんと鳴らす>

「はいるでぇ」
 そう言って北村という男の部屋に入ってきたのは アパートの隣に住んでいる先輩の落合さんという男. この男,北村君の先輩ですな.
「なんすか?」
北村は炊き立てのご飯に生卵とひきわり納豆を入れてこう ぐーりぐり混ぜている途中です. あんまり見栄えのいい食いもんじゃないですけど,まあ,月末で金がないんですな.
「なんや,昼飯分けてもらおかと思ったんやけど,納豆かいな」
「これしかないですよ」
「そんなもんいらんわ.はよ食うてしまえ」
「うーい」
「それよりな,花見に行こうや」
「花見? 桜ですか?」
「ほかにどんな花見があんねん. 花ゆうたら桜.祭ゆうたらだんじり.野球ゆうたらタイガースや」
「で,ゴホンといったら龍角散」
「なにあほなこと言うとんねん. わし,この春は今日しか休み無さそうやねん.今日もたまたまのOFFやねんけどな」
「でも,桜咲いてるんですか?」
「けさ見た」
「どこで?」
「あの,川の土手んとこや.あっこ,ようけ桜がうわっとるやろ」
「でも,昨日は咲いてませんでしたよ」
「それはおのれがよう見とらへんからや. たしかに咲いとった.いっちゃん上手から3本目の下のほうにひとつ」
「ひとつ?」
「なんにせえ,花はそう咲いてへんかも知らんけど, 花見の客はようさんおったで」
「まあねえ,今日はあったかいし,土曜日ですしね」
「よし行こう」
「2人でですか?」
「あほな.2人で行って何がオモロいねん.岡本とまーちゃんもつれてくで」
「来ますかね?」
「あほ.連れてくんねん.ほな,いく準備して待っとり.金あれへんさかい, くいもんなんかないからな.ちゃんと昼飯食うとけや」

<ぽんぽん>

 そういうわけで,しばらくして岡本君というのと弟のまーちゃんもやってくる.
「連れてきたで」
「よく行く気になりましたね」
岡本君にきいてみた.
「いや,お酒が飲めるんならどこにでもいくっすよ」
「まーちゃんもいいのか?未成年だろ」
「まあ,どうせ暇でしたから」
「心配あらへんで.酒なんかあれへんねんから」

<間>

「えーっ!?」
「酒なしの花見はきついっすよ」
「あほう.そんなもん買う金がこの時期にあるかいな. 酒はないけどな,コーラやったら1ケースほどある」
「どうしたんですか,これ」
「事情は長なるから話さへんけどな,バイト先でもろてん」
「とほほ,来るんじゃなかったっすよ」
「はー,ますます『長屋の花見』ですね」
「うるさいな.こういうのは心意気や.酒なんかなくても盛りあがったもん勝ちやがな」
「とほほほほ」
「ほないくでえ,せえのっと」
と,4人組み,あまり意気も上がらず川辺の土手まで繰り出します. 花なんか申し訳程度にしか咲いてないんですけど,やっぱり春は桜の季節. それなりの人手があります.その様子の賑やかなこと

<太鼓がどどんでお囃子が入る>

[挿絵] 「ほら見てみいな,賑やかなもんやがな」
「そちゃあ,この陽気で外で酒が飲めたら気分もいいと思うっすけど,こっちはコーラっすよ」
「それもこんなにあって,コーラばっかり飲めないですから」
「返す返すもうるさいな.ええんじゃ.のめのめ」
「ああもう,やけくそっすよ.ぷしゅのぐびぐびっと」
「おおそれ,一気一気」
と無理矢理に盛り上がってみます.とそこへ品のいい老夫妻
「すいませんが写真を撮ってもらえませんでしょうか」
まーちゃんが快く引き受けます。
「はーい,とりますよ,・・・はい,おっけーですから」
「どうもありがとうございました.これ良かったら飲んでください」
「あ,ビールじゃないですか.よくひえてますねえ.すいません.ありがたくいただきますから」

「やったやないか」
「いいなあ」
「これは僕がもらんたんですから.飲んじゃいますからね.ぐびぐび」
「ああああああ」
「そうや.自分の飲む分は自分で手に入れなあかん. よっしゃ,酒が欲しかったらみんなそれぞれ何とかしててにいれればええんや」
「そんなこといったって,普通ただではくれないっすよ」
「そこをこううまくきっかけつかんでやなあ,どうや,北村,なんか算段はないか」
「それじゃこういうのはどうでしょう.こう,コーラの缶を振っといて・・・ タイミングを見計らって・・・うまい具合にビールの缶を抱えた女の子がくるから,ぷしゅっ」
「きゃ!」
「ごめん,ごめん,お詫びにちょっとこっちきて飲まない? そうそう,ここに座って・・・あ,ちょうどビールなくなっちゃってたんだ, そのビールとコーラ2本と交換しない? ありがとう.あ,待ってる人がいるから,はいはい,じゃあねーっと.こんなもんですか」
「うまいもんやな.お前」
「まあ,こんなもんですか.ぷしゅっと,うわっ,なんだ?吹いちゃった」
「あーあ,ほとんど吹き出してしまいよったがな. なんや,ようするにお前しかえしになぶられとるんやないか,しょうのないやっちゃな」
「がっくし」
「ほんなら次,岡本いけ」
「おれっすか?へい,じゃあ行ってくるっす」
「なんや,あいつコーラ持ってとなりの団体さんのとこへ行ったぞ」
「(となりで)俺と勝負するっす!」
「なんや,きっかけも糞もあらへんがな.堂々と挑みにいっとるな. ははあ,あっち向いてホイかいな.・・・しかし,弱いなあ,なんやあれは・・・ ああ,負けて帰ってきよるで,おい,なにさらしとんねんな」
「いやあ,世の中にはまだまだ強い人がいるもんっすね」
「なにをぬかしとんねん,あっち向いてホイやろがな.まったくぶっさいくなやっちゃな. みすみすコーラ取られただけかいな」
「いや,腕時計も取られたっす」
「いよいよ,あほやな.まったく,ほんならわしのやるのをよう見ときや」
と言ってほかの団体さんのところにいって,こっそりビールとコーラをすり替えてきます. 何のことはない,泥棒ですな.最初うまく行ったのがよくなかったんでしょう. 調子にのってやってるうちにおまわりさんに見つかってしまいます.
「こらこら.何をやってるんだ.お前のやってることは窃盗だぞ.軽犯罪なんだぞ」
「へえ,でも軽いっていうライト(コーラ)にはセットウ(砂糖)は入っていませんが」

おそまつさま

M-TAM

[4月号表紙]
コーラ月報4月号

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