コーラ白書
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中本晋輔

隣の部署の人が、コーラに関するテレビ番組を見たと教えてくれた。テレビ東京の「モーニングサテライト」というビジネス番組で、昨今のデフレの象徴としてコーラの価格が取り上げられているという。

テレビ東京のウェブサイトでは過去の放送分をストリーミングで公開しているということで(太っ腹!)、早速視聴してみる。09年9月に放送された「激安コーラに見るリーマン後の消費」という7分程度のレポートでは千葉県の八千代台でプライベートブランドの価格競争が激化、ディスカウントストア「トライアル」のコーラ350ml缶が19円(その後15円)まで下がったと述べている。そしてこれがリーマンショック後の市場の象徴であるかのように結んでいた。

現在の国内のデフレ傾向については疑う余地はない。しかしこの番組の中にいくつか気になる点があった。

まず15円という価格。いくらPBとはいえ、生活必需品とは言い難いコーラにここまでの勝負値をつける必要性があるのだろうか。トライアルではPBコーラに「ロックイン価格(註1)」29円を設定しており、それを半額近くにまで下げる理由が分からない。

価格下落の説明として他店との競争があるとしているが、その相手のコーラがLAS COLAと紹介されいるのも腑に落ちない。LAS COLAは富永食品の「神戸居留地」ブランドであり、廉価とはいえ国産のナショナルブランド。このコーラがトライアルコーラと10円台まで競り合いができるとは考えにくい。

そして最大の違和感は、ここまでのコーラの価格下落が市場で感じられないという点だ。東京と大阪の差はあるかもしれないが、少なくともPBコーラが半額になるような動きは私の周りでは起こっていない。

一体八千代台で何が起こっているのか?それを直接確かめるべく私は東へと向かった。

「どこの業者ですか!」

東葉高速線・八千代緑が丘の駅に降り立ったのは正午を少し回った頃だった。東京日本橋から電車で40分は思ったより近いが、東葉高速線の490円が地味に痛い。

目指すは例の番組の舞台となったトライアル・八千代緑ヶ丘店。ロータリーを抜け、道端に雪の残る道を北へと向かう。5分ほど歩くと左手に紺色のTRIALの看板が見えてくる。おぉ、テレビといっしょや。

大きな建物の右側半分がトライアルになっていた。メガセンタートライアルと称される八千代店は全国109店舗(10年2月現在)中6店しかない巨大ストアのひとつ。店内に入ってみると、その規模に圧倒される。

スチールシェルフに箱を直積みしたやや乱雑な店内は、いかにもディスカウントショップといった印象。その入り口の脇すぐのところに緑茶やコーヒーが驚くような価格で山積みにされている。

しかし、肝心のトライアルコーラの姿が見当たらない。確かテレビでは通路に山積みにされて、価格のPOPがこれ見よがしに張られていた筈・・・ いきなり企画倒れかと、焦りが募る。

店内をうろつくこと10分、ようやくお目当てのコーラを発見。トライアルコーラは店の奥の棚の、それも一番下の段にひっそりと陳列されていた。そして価格は1缶15円!目を疑うような安さだ。モーニングサテライトの内容に嘘はなかった。

しかし気になるのがその陳列場所だ。ここまで勝負価格を出しておきながら、なぜこんな目立たない場所においてあるのだろう。番組ではトライアルの専務が集客の目玉として言及していたのに、これでは単なる安売りだ。

いぶかしく思いつつも、ちょっと失礼して写真をこっそり取らせてもらうことにした。なにせ世界的に見ても最安レベルの価格だ。でも下の段だからちょっと捕りにくい・・・・

飲料棚の最下段。※一部モザイク処理を行っています

 

と、うしろから「何してるんですかッ!」の声。ぎっくぅ。

振り返ると仁王立ちの店員さん。

「あなたどこの業者ですか!」 

写真撮影禁止の表示はないものの、このシチュエーションでは謝るしかない。とりあえず名前を名乗り、自分がコーラについて研究していること、この地域のコーラが世界最安値(註1)であることなどを一つ一つ説明する。

なんとか業者でないことだけは理解してもらったようで、店員さんは

「とにかく写真はやめてくださいね」

と釘を刺して業務に戻っていった。

いささかのバツの悪さとともに、この地域の価格競争の激しさを生々しく感じた出来事だった。

ここのトライアルでは350ml缶のトラコーラのほかにも、エクシードのPETボトル入りコーラも扱っている。よく100円自販機に入っている、廉価の飲料メーカーだ。エクシードコーラの500mlと1000mlPETに加え、ダイエットコーラの1000mlまで揃っている。これからの旅程を考えると荷物を増やしたくはないが、致し方あるまい。

ずっしりと重くなったリュックを背に、トライアルを後にした。


イオンの逆襲

この八千代台緑ヶ丘駅周辺は3件のスーパーが乱立する激戦区だ。次に向かったのが駅のすぐ東にあるヨークマート。関東を中心に展開するセブン&アイ傘下の食品スーパーだ。

セブン&アイのPB「セブンプレミアム」には、緑茶やサイダーはあるがコーラはない。これはコーラの国内での位置づけをよく理解した、賢明な判断だと個人的には思う。廉価NBコーラの扱いもなく、コカ・コーラ500mlPETが94円に設定されていた。

続いて向かったのは駅の反対側にあるジャスコ・八千代緑ヶ丘店。トライアル八千代店から500メートルほどの距離に位置する大型店舗である。

余裕のある作りの明るい店内はトライアルとは対照的。買い物がしやすい反面、かなりの維持費がかかりそうな店作りだ。これでトライアルと価格競争するのはやっぱり厳しいんだろうなぁ・・

そう思って飲料コーナーでコーラを見たとき、思わず目を疑った。ジャスコのPBブランドコーラ、ベストプライスコーラの350ml缶の価格がなんと14円なのだ。トライアルのコーラを1円下回る、地域最低価格であった。

どうしてこんなことに価格。イオンしっかり!

衝撃の価格の横には、お一人様一ケースまでの注意書きが添えられている。おそらく利益がほとんど出ない価格設定なのだろう。モーニングサテライトで言っていたトライアルコーラの競合相手とはLAS COLAではなく、このジャスコのPBコーラだったのだ。

確かに八千代台では史上稀にみるPBコーラの価格競争が繰り広げられていた。しかしどうしても腑に落ちないのが、なぜここまで価格を下げる必要があるのかという点だ。生活必需品ではないコーラの安売りで消費者を呼び込めるとはとても思えない。

その答えを求めて、もう少し周辺を探索することにした。

英国のPB王降臨

八千代台緑ヶ丘から東葉高速線の終着駅・勝田台へと向かう。この付近の駅のほとんどには駅前に複数のスーパーが存在しており、この勝田台も例外ではない。駅の南側には京成ストア・つるかめランド・ヨークマートの3件が凌ぎを削っている。

1件目の京成ストアはPB「Vマーク」を展開する八社会に属するスーパー。PBコーラに期待していたものの、この店舗では見当たらなかった。PB清涼飲料はお茶が68円と他社PBと比べてやや割高な印象だった。

逆に予想外だったのがつるかめランド勝田台店だった。関西の人間には馴染みのない名前なのでてっきり地元のスーパーだろうと思っていたら、なんと店内にテスコ(TESCO)のブランドが並んでいるではないか。

テスコといえばイギリスを拠点とする世界有数のスーパーマーケットチェーンであり、その規模はイオンやセブン&アイをはるかに凌ぐ。またPB運営に関しては世界一と謳われ、売り上げに占めるPBの割合は40%にも達するという。その世界最強のPBとこんなところで出会えるなんて!

残念ながらこの店舗で扱うTESCOブランドの清涼飲料はサイダーのみ。コーラはコカ・コーラ(500mlPET・98円)と朝日商事のファイブスターコーラ(350ml缶・37円)のラインナップだった。

後でネットで調べてみたら、つるかめはTESCOグループの傘下スーパーだった。さらにテスコ自身もスーパーを関東に5店舗(2010年3月現在)展開しおり、日本市場へ本格的に参入しているようだ。TESCO VALUE SUGAR FREE COLAのようなグローバルPBコーラが日本で買えるようになる日も近いのかもしれない。

 

ベストプライスの価格の謎

今度は京成本線に乗って実籾へ。ここから57号線を北上しながら八千代台周辺のコーラの価格を調べていくことにした。

ディスカウントショップのBIG-AにはPBコーラはなし。LAS COLAが36円、コカ・コーラ500mlPETが86円とかなり頑張った価格を出している。自社PBコーラを持たないスーパーではLASや5 starなどの廉価NBコーラでカバーするケースが多いようだ。

マルエツ東習志野店にはダイエー企画商品であるCola from U.S.A.の姿があった。このコーラは90年代半ばにダイエーのPBブランド「セービング」から発売され、国内PBコーラのベンチマーク的な存在であった。そのコーラがダイエーの消滅と共にブランドを剥奪され、ひっそりと売られている姿にちょっと涙が出そうになった。

そしてマルエツから東に少し折れ、ロイヤルホームセンターの奥にあるマックスバリュ八千代へ向かう。広く清潔な店内。その飲料棚を見たとき、自分の直感が正しかったことを確信した。先ほど14円で販売されていたイオンのベストプライスコーラが、普段見慣れた価格、29円で販売されていたのだ。

ベストプライスコーラに関して言えば、八千代緑ヶ丘の駅前の価格だけが異常に安いのだ。ということは、報道されたコーラの価格下落は極めて局地的な可能性が高い。

この仮説を実証にするために、この近所でもう1店舗のベストプライスコーラの価格情報が欲しいところだ。それもマックスバリュより、八千代緑ヶ丘駅前と同じ総合スーパー型店舗がいい。とりあえず目に付いたマクドに飛び込み、PCを無線LANに繋いで近辺のジャスコを探す。

新京成線の高根木戸駅前にジャスコがある。八千代緑ヶ丘の店舗との距離は約4km、トライアルから3.5kmの距離で、検証には申し分ないロケーションだ。

296号線を西に向かい、陸自の駐屯地を掠めて新京成線の薬師台駅へ。そこから電車で約10分、高根木戸駅にやってきた。どこか懐かしいにおいのする、昔ながらのジャスコである。

そして、飲料棚には29円のベストプライスコーラがあった。

 

八千代台周辺のコーラの価格をまとめると、以下のようになる。

 

 

八千代台の真相

今回の調査より八千代台のPBコーラ価格下落について、以下のような結論を得た。

トライアル八千代台で起こったPBコーラの価格下落は、モーニングサテライトで言われていたようなリーマンショックの後遺症ではない。それは極めて局地的な現象であり、ジャスコ八千代緑ヶ丘店とのやや大人気ない価格競争の結果である。隣接する地域ではPBコーラ価格の下落は確認されなかった。

奇しくもトライアルとジャスコのPBコーラの標準価格はともに29円。人工甘味料を使い価格を抑えた構成など、非常に似通ったコーラである(同じメーカーが供給している可能性もある)。互角の原価構成であったことがこの極限までの価格競争に発展したと考えられる。

この戦いのきっかけは定かではないが、イオンがトライアルに価格競争を仕掛けるとは考えにくい。一方地域最安値を目指すトライアルは他社と自社の値段を比較するするPOPを店内に設置するなど、かなりアグレッシブな低価格戦略で知られる。おそらくトライアルが勝負を挑み、規模に勝るイオンがこの不毛な消耗戦に勝利した、という構図なのだろう。

もっとも、トライアル八千代店はこのテレビ放送で安売りスーパーとして一躍有名となり、その後日経新聞などにも取り上げられた。そういう意味ではこの一連の価格下落騒動はトライアルにとって非常に美味しい話だったのだろう。

 


 

不景気になれば人は競って安いものを買い求めるが、それはいつか自らの収入の減少という形で帰ってくる。コーラ白書は全てのコーラが適切かつ持続可能な価格で販売されることを望みたい。

 

【2010/06追記】 2010年6月現在、両社のコーラの価格はともに25円に回復している。モーニングサテライトではこの現象を物価下落の回復を示す例と解釈しているが、個人的には単に正気に戻っただけのように思う。


(註1):トライアルが定めるPBの標準価格で、同社のウェブにも掲載されている。摂津南店・寝屋川店(以上大阪府)、武庫川店(兵庫県)、新宮店(福岡)などではロックオンプライスの29円で販売されている。

(註2):結局イオンのほうが安かったので、世界最安値ではなかった。ちなみにインドのコーラの価格は19〜23円なので、八千代台一帯のコーラは世界最安値レベルと考えてよいだろう。