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特集 / 甘味料概論 第3回 四大人工甘味料編
中本 晋輔

「砂糖はなぜ甘いのか?」という素朴な疑問に対し、近代科学は非常に面白くない回答を示している。「甘くないと感じた種族は滅んでしまったから」。つまり砂糖のようなエネルギーの高い食べ物を甘い(=美味しい)と感じて好んで摂取した種族だけが、厳しい生存競争に生き残ることができたという理屈である。

何だか騙されているような気もしないでもないが、確かに砂糖のような高カロリー食品を好んで食べる生物がそうでないものに比べ有利な立場にあった事は間違いない。しかし人類の発展とともに大量の食料が供給されるようになるとカロリーは昔ほどの意味を失い、逆に過剰なカロリーが健康を蝕むような事態が起こりはじめた。ここに来て人間は今までの進化の過程では考えられない嗜好、つまり「美味しくて低カロリー」を持つに至ったのである。今回の甘味料概論はそんな「不自然な嗜好」から生まれた人工甘味料についてのお話である。

では甘くて低カロリーなら何でもよいかというと、そういう訳にはいかない。例えばダイナマイトの原料であるニトログリセリンは甘味があるため戦後の食糧難の時代には甘味料として使用され、多くの中毒者を出したという。このような例もあって各国の政府は人工甘味料の認可に非常に慎重で、厳しい法的規制を設けているところも少なくない。法律の話はとても難しいのでここでは割愛するが、これとは別に化学者(開発者)サイドからの自主目標的なものも存在する。言うなればロボット三原則みたいなものなのでここでは「人工甘味料五原則」と呼ぶことにしよう。

人工甘味料は:

  1. 人体に安全でなければならない
  2. 全ての消費者に受け入れられなければならない
  3. 美味しくなくてはならない
  4. 加工・貯蔵過程で安定でなくてはならない
  5. 使い方が単純でなければならない

などとまあこんな感じなのだ。2と3がどう違うかなど疑問がないわけではないが、この5つの条件を全てクリアするのは結構難しい。5項目全てを満たすものはごく限られた一部の化合物だけなのである。

1. 偶然から生まれた甘味料・サッカリン

サッカリン 世界で初めて発見され、現在も使用されている人工甘味料といえばサッカリンである。こは同じ重さの砂糖の約300-400倍の甘さを持つ複素環化合物で、1878年にConstantin Fahlbergによって発見された。有機化学所Fahlbergはトルエンスルフォンアミドの酸化実験中、自分の指がやたら甘い事に気付いた。彼はビーカーに残っていたものを同定し、得られたものが当初の目的物とは違う、今までにない強い甘味を持つ化合物である事を突き止めたのである。だから実験中に指を舐めるなってーの!

この画期的な甘味料がこれほど広く受け入れられた理由は先に述べた「低カロリー指向」であるよりむしろ価格の安さにあった。微量でも十分な甘さが確保できるサッカリンは砂糖に比べずっと安上がりな甘味料だったのである。しかし1960年代に入りライフサイエンスがその黎明期を迎えると、人々は食品添加物の危険性、特に発癌性に対し過剰なまでに反応するようになった。当時は癌に対する情報や理解が不足しており、発癌テストが陽性のものは全て排除しようというパニックじみたものに発展する。サッカリンも例外ではなく食品衛生法により73年11月に全面禁止となってしまった。ところが1ヶ月後食品別の使用基準が制定されるとサッカリンはあっさり再認可されたのだ。何という引きの強さ。危機一髪、無期懲役で服役した一ヶ月後に恩赦がでたヤーさんみたいなもんである。(最近の研究でサッカリンは膀胱癌のイニシエーターであり、プロモーターが存在しないと発癌性を示さない事が報告されている)

現在ではサッカリンの改良版として、NaOHで中和したサッカリンナトリウムというのがよく用いられる。これはサッカリンに比べ水に溶けやすく使いやすいため、多くの駄菓子系コーラ(ポリエチレンチューブに入った30円くらいの奴。駄菓子屋によくある)の甘味料として使用されている。またアメリカではTaB Cola(TaB Clearのオリジナル)の甘味料としてサッカリン(93.6mg)が現役で活躍している。

2. 幻の砂糖代用品・チクロ

チクロ サッカリンの発見から59年後、第2の人工甘味料・サイクラミン酸ナトリウムがMichael Svedaによって発見された。彼は実験の後やれやれと一服したところ、今まで味わったことのない甘みを感じた。そこで彼は「最近このたばこ、味変わったなあ」と日和ることなく分析し、砂糖の約30倍の甘さを持つ化合物の単離に成功したのだ。この甘味料はサッカリン同様製造コストが低いことから廉価甘味料として世界中に広がり、日本でもチクロの名で使用された。

チクロはズルチンとともに戦後間もない日本で貴重な甘みとして広く使用された。最盛期には砂糖換算で30万tもの生産量を誇ったチクロであるが、60年代に入るとサッカリン同様発癌性の疑いをかけられ、1970年には全面的な使用禁止の憂き目にあう(ちなみにこの時コカ・コーラは加山雄三を起用して「コカ・コーラにはチクロは使用していません」というプロモーションを行っている)。その後の使用基準の整備でも認可は下りず現在も使用が禁止されたままである。しかしその後の米アボット社の徹底した安全基準の研究でチクロの毒性は考えられていたよりずっと低いことが明らかにされている。法律上チクロはいつ復活してもおかしくないのである。

3. 60年代のニュースター・アスパルテーム(APM)

アスパルテーム 「チクロ全面使用禁止」のニュースはこの廉価な甘味料に依存してきた当時の食品業界を震撼させた。各社は何とかチクロに代わる甘味料を見つけようと血眼になっていたが、発癌性がなく合成が簡単という都合の良いものはなかなか見つからない。チクロ禁止の法律の施行まで数ヶ月と迫った1969年、製薬メーカーのG.D.サール社から朗報が届いた。人間に必要なアミノ酸を組み合わせた化合物のエステルが砂糖の150倍もの甘味度を示すというのだ。食品界の救世主のごとき現れたこの甘味料こそAsparthyl phenylalanine methylester,アスパルテームであった。

アスパルテームは1966年にG.D.サール社の研究者・James Schlatterにより発見された。発見といってもこの化合物自体は以前に他の化学者によって合成されていたのだが、その時は有効な利用法が見つからず忘れられていた。Schlatterはガストリンの研究中その中間体としてアスパルテームを得、幸運にもそれを机の上にぶちまけた事からこの化合物が砂糖に似た柔らかい甘みを持つことを発見したのだ。しかしなんででみんな自分の試料を舐めるかなぁ? フィーザーの「有機化学実験」(原書6版)にも「未知物をなめるな。一度臭いをかぐだけに止めよ」と書いてあるのに・・・。

PAL SWEET この発見に世界中の多くの企業が興味を示すなか、製造特許を取得したのはアミノ酸合成で高い実績を誇る日本の食品メーカー・味の素(株)であった。現在G.D.サール社は利用特許のみを所持するだけで、実際に原料を作っているのは味の素なのである。ちなみに国内ではアスパルテームを使った食卓用甘味料がPAL SWEETという登録標章で同社から販売されている。

Diet PEPSI/Coke このように万能のように見えるアスパルテームだが、ちゃんと欠点はある。一つは味。いくら砂糖に近いといっても、やっぱり違和感がどうしても残ってしまう。アメリカ人がこの違いに寛大であるのに対し日本人はかなり敏感で、結果としてアスパルテームのみのノーカロリーコーラの系は日本ではほとんど発展していない。事実84年に発売されたCoca-Cola Light(ノーカロリー)は一般に受け入れられず、果糖とアスパルテームを併用したローカロリーコーラ(12kcal/100g)に変更されている。ただ最近ではこの好みの傾向にも変化が現れたのか、米国で人気のあるDiet PEPSIやDiet Coca-Colaが自販機を賑わすようになってきた。

もう一つの欠点はアスパルテームが添加物として不安定であるという点である。コーラをはじめ我々が目にする清涼飲料の殆どが酸性で、そのような条件下ではエステルは容易に加水分解されてしまう。我々の舌はこのような僅かな構造変化に非常に敏感で、エチル基を失ったアスパルテームは甘みを示さなくなる(最近の研究でアスパルテームは最終的にジケトピペラジンとメタノールに分解される事が明らかにされた)。賞味期限の迫ったDiet PEPSIを飲んでみると全く味がしないのは、実はこういった理由からなのである。

4. 欧州を席巻する新甘味料・アセサルフェ-ムK

アセサルフェーム 人間がどのように甘さを感じるかについては、現在でも解明されていない部分が多く残されている。現在の科学をもってしても、ある化学物質がどんな味なのかを正確に予測する事は不可能なのである。このため新たな甘味料を発見するにはどうしても偶然の力を借りなければならない。4番目の甘味料・アセサルフェームK発見のきっかけもそんな幸運な事故が原因であった。

アスパルテームの発見から間もない1967年、独Hoechst社の研究者・Karl ClauBは実験中自分の指が妙に甘いことに気付いた。繰り返しになるが研究者の方は決して自分のサンプルを舐めないように。彼は指に付着していた化合物を同定し、それが 5,6-Dimethyl-1.2.3-oxathiazin-4(3H)-one-2.2-dioxide である事を突き止めた。今までならここで物語は終わっていたのだが、Karlらはそれでは満足しなかった。かれらはオキサチアジノジオキサイドの多くが甘味を有する事を発見し、その誘導体について徹底的な研究を行ったのだ。そして彼らが最後にたどり着いたの理想の甘味料こそ 6-methyl-1.2.3-oxathiazine-4(3H)-one-2.2-dioxane のカリウム塩・後にアセサルフェームKと呼ばれる化合物であった。

アセサルフェームは砂糖の約200倍の甘さがあり、甘味質が柔らかで後に残らないという甘味料に適した性質を持つ。アスパルテームと違って酸性・高温条件でも変化しにくいので、炭酸飲料のほかクッキーなどの焼き菓子にも利用できる。また毒性試験の結果、発癌性を含む全ての条項で安全性が確認されている。その上アスパルテームより価格が低いため、広い範囲での応用が期待できるとして注目されている新鋭人工甘味料である。唯一の弱点は、ほんの少しながら口に苦みが残る事。ちなみにある甘味料の本には「名前が化学品的でイメージが悪い点が欠点」とあるぞ(笑)。

5. 砂糖への飽くなき挑戦

ではカロリーの低いDiet PEPSIがあるのに何故PEPSIの方が売れているのだろう?「ボトルキャップが付いてくるから!」というのも理由のひとつかもしれないが、主な理由はやっぱりPEPSIの方が美味しいということだろう。安くてノーカロリーと良い事尽くめに思える人工甘味料だが、味質に関しては砂糖をはじめとする糖類に歯が立たないのが現状である。例えばサッカリンは濃くなると味にえぐみが出るため、0.2mMあたりが使用限界と言われている。Diet PEPSIの味も砂糖の味わいと比べると随分軽くて薄っぺらい印象を受ける。何千万年もの進化の歴史に裏付けられた糖類は、そう簡単には新参者にその座を明け渡さなかったのである。

Diet Coke (Italy) そこで考え出されたのがブレンドという手法。一般的に食べ物は混ぜあわせるとより美味しいか激しく不味くなるかのどちらかになる傾向にあるが、幸運な事に人工甘味料は典型的な前者であった。アセサルフェームKの認可されたヨーロッパでは現在、アスパルテーム・アセサルフェーム混合甘味料がダイエットコーラの主流となりつつある。中でもイタリアのCoca-Cola Light やフランスの PEPSI MAXなどは完成度が高く、その味わいに驚かされた。この味ならカロリーに関係なく飲んでもいいぞ。

この保かにもブレンドに関する研究は、結果が売り上げに直結しているだけにかなり盛んに行われているようだ。例えばDeiseらは4つの甘味料について混合方程式を立て、それに基づいてそれぞれの比率を補正する事により味質が大幅に改善されることを報告している。これらの研究は今後も行われていくであろうし、いずれは砂糖を超える「黄金比」みたいのが発見されるかも知れない。頑張れ、研究者の皆さん!

さて次回は甘味料概論最終回・天然甘味料編。日本でもすっかりお馴染みになったステビアや世界で最も甘い物質・ソーマチン等天然に存在する糖以外の甘味料を一挙公開する予定である。それではまた四季報・10月号でお会いしましょう!(って10月ってモロ学会前やん。とほほほ・・・。)

■参考文献

「清涼飲料の常識」
(社)全国清涼飲料工業会・(財)日本炭酸飲料検査協会
清涼飲料に関わる人必携の一冊。飲料に関するエピソードからJIS規格までとにかく内容が豊富。
「甘味の系譜とその科学」
吉積智司・伊藤 汎・国分哲郎著 光琳
食品科学分野で有名な光琳「KOHRIN TECHNO-BOOKS」の一冊。ひたすら甘味料について述べられた凄い本で、特に「甘味の歴史」のデータ量は圧巻。思わず買っちゃいました。
「気をつけよう食品添加物 〜誰にでもできる安全な食生活〜」
小若順一著 学陽書房
食品添加物について手厳しく批判した警告本で、甘味料についての情報も豊富。科学的根拠に欠ける面を感情と勢いでカバーするのはこの手の本の宿命かも。
「味と匂いのよもやま話」
高木雅行著 裳華房
大学1年の授業「感覚生理学」の試験で唯一持ち込みが許可されていたため仕方なく買った本。もちろんその授業を担当していたのはこの本の著者である。結構面白かったけど。
「ザ・ジュース大図鑑」
串間努・町田忍 共著 扶桑社
「A Sweet surprise」
Von Rymon Lipinski and Gert Wolfhard,. Food Science Technology, 47, 1-5(1991)
「Properties and Applications of Acesulfame-K」
Von Rymon Lipinski and Gert Wolfhard,. Food Science Technology, 47, 209-225(1991)
雑誌「Food Science Technology」の47号はアセサルフェーム特集。レヴューとは思えない洒落た題名に著者らのセンスの良さが窺える。ちなみにこの雑誌、日本の研究機関では東大農学部にしかないという超レアモノだ 。
「Rapid,Routine Method for the Analysis of the Non-nutritive Sweeteners in Foodstuffs」
C.S.P.Sastry, K.Rama Srinivas, K.M.M.Krishna Prasad and A.G.Krishnamacharyulu,. Analyst, 120 1793-1797(1995)
「Sweeteness flavour interactions in soft drinks」
Denise F.Nahon, Jacques P Roozen and Cees De Graaf,. Food Chemistry, 56, 283-289(1996)

[四季報 1999年7月号] [コーラ白書] [HELP] - [English Top]
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