コーラを撮る マレーシア PEPSI Xを求めて(前編)

中本 晋輔

会社の皆さま:下記テキストは15%のPTFEと10%のフィクションを含んでおります。

フレイバー戦争が一段落し、平穏さを取り戻したアジアのコーラ市場。いつの頃からか、その裏で暗躍する「謎のコーラ」の存在が囁かれるようになった。漆黒を身に纏い、神出鬼没で変幻自在。PEPSIの名を冠しながらも、米ペプシコはその存在について黙して語らない。謎に包まれたそのコーラを人は「PEPSI X」と呼んだ(註1)。

マレーシアとフィリピンにこのコーラが現れたと話は耳に入ってきたが、東南アジアにパイプをほとんど持たない我々はその全容を把握できずにいた。一体このコーラの狙いは何なのか?コンセプトは?味は? すぐ現地に取材に行きたいが、それは数字を達成していないサラリーマン(営業)には許されざる行為であった。

コーラの神様が悶え苦しむ私を見かねたのかもしれない。1月に突然、私はマレーシア出張を言い渡される。まさに渡りに船。大手を振ってPEPSI Xの取材に行ける。しかも会社の金で!手のひらを返したようにサラリーマンであるわが身に感謝しつつ、まだ見ぬマレーシアの地に想いを馳せた。

喰われたクレジットカード

海外出張と言ってものべつ私が偉くなったわけではなくて、太平洋のセールスチーム全員が強制参加のトレーニングに行くだけである。それも土曜日発、次の日曜日に帰ってきて次の日から通常業務と言う鬼のようなスケジュール。おぃおぃFFのレベル上げできないじゃんと凹んだが、PEPSI Xのためなら仕方あるまい。

土曜日の朝に成田で東京のチームと合流し、マレーシア航空で一路クアラルンプールへ。フライトは7時間と短くないが、北米と違って時差に悩まされないのは嬉しい。修学旅行の不良のように空席の目立つの機内の一番後ろ2列を4人で確保し傍若無人に振る舞いつつ、無事クアラルンプール国際空港に到着した。

ここで我々のツアコンを担当して下さったO先輩の所持金が3000円であることが判明。これから一週間にわたって海外に滞在するとは思えない男前な財布事情である。幸い両替所の隣にVisaのロゴが入ったATMを発見。最近はどこでも引き出せて便利になったのねと眺めていると、暫くしてO先輩が呟いた。

O先輩「・・・カード喰われた」

いきなりのトラブルに緊張が走る。どうやらカードを入れたっきり、反応がないらしい。とりあえず隣の換金所のオヤジに事情を説明する。我々のただならぬ雰囲気を察したのか、オヤジはすぐに受話器をとりなにやらマレー語(多分)で話し始めた。短い会話の後、オヤジは笑ってこう言った。

「あと1時間くらいで修理の人が来るから、それまで買い物でもして待ってろ。店はたくさんある」

カードを喰われ所持金3000円の人間に一体何を買えというのか。そもそも店のほとんどが免税店じゃん!

たまらず天を仰ぐO先輩。異国での価値観のギャップをしみじみと感じた瞬間であった。

ペプシ早飲み競争

足止めを喰らったO先輩をやむなく空港に残し、残りのメンバーはバンでKL郊外のホテルへと向かう。この日の夜に行われるうちの材料グループの”Annual Dinner”なるものに参加することになっているのに、時間が押しまくっていたのだ。何を聞いても「Yes, Ok, No Problem」としか答えない現地の運転手に一抹の不安を抱いたが、30分ほどで無事にホテルに到着できた。

この "Annual Dinner" は営業サイドと現地の生産工場のスタッフやその家族が集まる集まりで、社長とかもいるにもかかわらず非常にカジュアル。絶好調の司会のもと表彰やら人の紹介などが滞りなく進んでいくのをマレー風の中華料理をほお張りながら眺めていると、不意に我々のグループの名前が呼ばれた。どうやら自己紹介も兼ねて、前で何かゲームをさせられるようだ。

と、舞台の机の上に並べられたのは、人数分のペプシコーラのボトルであった。栓の抜かれた口には全てストローが二本づつ挿してある。ははーん、つまりこれはコーラ早飲み競争だな。まったく私を誰だと思っているのかね?

などと息巻いて2本のストローを口に含み、合図と共に勢いよく吸い込む。と、妙な違和感が。よく見ると、ストローの一本がボトルの外側に出ているではないか!これが空気の逃げ道となって、いくら吸っても口内の気圧が下がらずコーラが上がってこないのだ(図1参照)。

この予想外の仕掛けに戸惑っている間に、周りは次々とコツをつかんでコーラを飲み干していく。結局賞品の出る8位入賞はおろか、ペプシ半分くらい残ったままで時間切れとなった。まるで中学のマラソン大会でリタイヤしたような敗北感に打ちのめされながら、初日の夜は更けていった。

Xを求めて

翌日は日曜日、いわゆるオリエンテーションデーである。といっても選択はゴルフかKL観光のどちらかしかなく、コーラを気ままに探しに行くのは無理である。以前オーストラリアで「タイムアタック」(註2)という特殊ルール下でしかグリーンに立ったことのない私は、コーラへの一縷の望みをかけてKL観光のバスに乗り込んだ。

バスがはじめに止まったのは、バトゥ・ケイブ(Batu Cave)というヒンドゥー教の寺院。ここは巨大な鍾乳洞を丸ごと寺院にしてしまったところで、荒々しい岩壁と穴から差し込む太陽の光とが神秘的な雰囲気を作り上げている。極彩色の美しい建築物のとなりにダンプカーの荷台一杯の生ゴミ(特にココナツの残骸)が放置され異臭を放っているあたりが何とも東南アジアらしい。

有名な観光名所なのか、寺院の周りには食堂や店がいくつも軒を連ねていた。この手の店は、現地でなにが売れ筋なのかを見る絶好の場所である。寺院観光もそこそこに、とりあえず突撃してお約束のコーラチェック。

圧倒的なのはコカ・コーラだった。彼らのアジアでの強さはマレーシアでも健在である。PEPSI勢は苦戦気味のようだが、一人気を吐いていたのがPEPSI Twist。競合のない商品というのは、やはり有利である。

このPEPSI Twistどうやら最近味が変わったらしく、誇らしげに「New! Twice the Twist」と書いてある。サントリーとの共同開発で2003年にPEPSI Twistにレモン果汁が入ったことは有名だが、その影響がマレーシアにまで及んでいるというのはちょっと驚きだった。期待して飲んでみたが、殆どレモンの味のしないペプシコーラで、レモン2倍になる前は普通のペプシと同じ味だったんじゃないかと訝ってしまった。

錫の輝き

その後バスは明らかに契約している胡散臭い土産物屋に立ち寄った後、近代的な工場でタイヤを止めた。駐車場の脇の芝生に立つ2メートルほどの巨大なビールマグのモニュメントを見て、メンバーから「ビール工場だ!」との歓声が上がる。2月のマレーシアは初夏の様相で、ここで飲むビールはさぞかし旨かろう。

中に入ってツアーのお兄さんの説明を聞いていると、なにかが違う。低融点?加工性?おおよそビールの特性と無関係な用語が並ぶ。そして輝く銀色のインゴットを見て、ようやく私は自分が何の工場にいるのか理解できた。

ここはROYAL SELANGOR PEWTER。マレーシア有数の錫(スズ)製品メーカーの工場なのだ。入り口のモニュメントにしても、見るべきは中ではなく外側のマグだったのだ。

一通りの歴史を説明し終わった兄ちゃんは、落胆の色を浮かべる我々をカウンターに案内した。そこには湯飲みのような形の銀色のコップが人数分並んでいた。そしてその奥には、真っ赤なコカ・コーラのファウンテンが鎮座しているではないか。

銀色の錫のコップはズシリと重く、鈍い光沢のある表面からは液体の温度が掌に直接伝わってくる。ガラスとも、缶とも違う不思議な心地よさがある。透明なスプライトを通して見える内側もなかなか美しい。なるほど心憎い演出である。

ガラス効果という言葉がある。冷えたガラス瓶から飲むコーラは缶やペットボトルから飲むようにずっと美味しく感じるというやつだ。さながらこちらは錫効果とでも言うのだろうか、冷えた錫から飲むスプライトは格別だった。

人間の感性に訴える物性というのは、結局のところ比重と熱伝導率くらいなのかもしれない。

しかしこういう思いもよらないところで見かける真っ赤なスペンサーロゴは、町の看板で見るよりずっと記憶に残るものだ。この場所にディスペンサーを設置できたコカ・コーラのマーケティング力は、やはり侮れない。

おかげで、帰りに同じコップ2つも買っちゃったじゃないか。

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(註1) 商品名
(註2) 打数ではなく時間を競うゲーム。打った瞬間走り出すので、通常のルールより運動量が多い。後ろから飛んでくる球に注意。


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