コーラ白書
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あらき

出社すると、所長が、メインコンソールで忙しくタイプしていた。 昨日の当直は、所長だった。

夜のうちに何かあったのかもしれない。

「所長、おはようございます。順調ですか?」

ハルエは、自席のパソコンの電源を入れながら尋ねた。
所長は、やっと来たかと言いながらも、タイプをやめようとはしなかった。

「実はだな、三ブロック先のK社に連絡がつかないんだ。あのブロックは、まだ、何とも無いはずなんだが…。公の発表がないから、そこの近くの知り合いに連絡して、様子を探ってもらっているところだ」

冷静に状況を伝える声が緊張していた。

K社は、データバックアップの専門会社だ。うちとは光ケーブルの専用回線で繋がっていて、定時のバックアップをやってもらっている。それがダメとなると、緊急時のバックアップ用に衛星回線を使うしかない。これは面倒だし費用も時間も余分にかかる。

ハルエは所長と入れ替わって、作業を開始した。チェックすると五分後に伝送開始の予定が組まれている。見る間にカウントダウンが進んでいく。間に合うかしらと不安になりながらも、懸命に段取りを進めていくと、なんとか先が見えてきた。ハルエが準備を整え終わると同時に、伝送が始まった。

ホッと一息をついて、信号強度やパリティの状況をチェックしていると、次々とスタッフが出社してきた。

「ハルエ、どうしたの? 朝から疲れた顔じゃない?」

のんびりストローでコーラを飲みながら、ヤスコが、袋を差し出した。彼女の出社ルートにファストフード店があるから、毎朝、何かを買ってきてくれる。

袋から、プラスティックボトル取り出して、コーラを飲むと、混乱していた頭がクールダウンしていくのが分かった。ハルエは、ヤスコに今までの状況を説明して、後を頼むわといいながら、伝送ログを押し付けた。

 その時、所長が机から立ち上がって、みんなに声をかけた。

「注意して聞いてくれ。現在の状況を連絡したい。今朝、北極第六ブロックの基礎が、惑星温暖化の影響で崩壊したとのことだ」

みんなはざわついた。所長は少し待って、静かになった一瞬をついて続けた。
「承知のとおり、第六ブロックにはK社がある。聞いたところでは、事前に避難していて全員、大丈夫だそうだ」

みんなの顔が緊張している。事態は深刻なのだ。

「我社の機能は、北極七ブロックやそこに隣接する地区に集合しているいろいろな会社の支援を受けて成り立っている。今、K社のあったブロックが崩壊したことで、残念ながら当社のサービスレベルは水準以下に落ち込むことは決定的だ」

「回避する方法はないのですか?」と声が上がった。

「北極全体の問題だ。第六ブロックの崩壊は、予想より早かったということに過ぎない。今朝、北極にあるすべての地区に退避勧告が出た。当社のあるこのブロックの基礎も数ヵ月程度しかもたないだろうということだ」

所長は悔しそうに、唇をゆがめた。

「われわれの今日の作業は、すべてを自動運転に切り替えることだ。我々も全員が引き上げる。リモート操作できるようにしておけば、東京からなんとか動かせるだろう」

 


 

今日は忙しかったねとヤスコはハルエに話しかけた。

そうね、忙しかったわね。彼女は返事しながら、これじゃ、まるで普通に退社するときの会話じゃないと思って可笑しくなった。

配られたスプライトの大きめの氷が、飛行の振動でユラユラと揺れている。避難用に特別に用意された飛行機は快適だった。

パイロットの計らいだろう。飛行機は二、三回、会社の上空を大きくゆっくりと旋回した。
二人は、仲良くスプライトを飲みながら、小さな窓から見える自分たちの会社を熱心に眺めた。

その後、東京に向かうため、水平になった機体は、轟音を上げて速度を上げ始めた。
二人の見る窓から、K社のある崩壊した第六ブロックが氷山となって、ぽつんと青い海に浮かんでいるのが、小さく見えた。

(おわり)

【著者のプロフィール】 「あらき」さん

忘れたころにやってくるX番目のスタッフ(希望)のあらきです。 会社では設計が専門です。だれかの思い付きで、最近、バッテリー係に なりました。「停電だから休む」という理由を封じるためのようですが、 重さ40キロのバッテリーはジャマだよぅ。