いま日本のコーラ市場で最もホットなのは特定保健用食品、いわゆるトクホのコーラであろう。2012年4月に彗星のごとく現れたキリンメッツコーラは1年3か月で2億本を売り上げる快挙を達成。また昨年11月には大手のサントリーがペプシスペシャルで参入し、トクホコーラ対決が話題を呼んだ。今年に入ってもその勢いに陰りは見えない。
今回はそんなトクホコーラをコーラの視点から考察してみる。 封印されたコーラの「薬効」古くから食べ物に空腹を満たす以上の機能があることはよく知られている。体調を整えたり、病気にかかりにくくすると言われる食べ物は世界中に数多く存在する。中国の「医食同源」思想や、おばあちゃんの言う「体にいいから食べなさい」などがそれだ。 しかしこのような食品の健康効能の多くは経験や記憶に基づいたもので、科学的に検証されたものは少ない。またメーカーが利益を優先する結果、根拠に乏しい情報を宣伝することも多い。 その最たる例が黎明期のコーラ飲料であった。 炭酸飲料の黎明期である19世紀終わり、コーラは薬として販売されていた。当時のコカ・コーラは強壮効果や二日酔いへの効能があるとされし、ペプシは消化を助けるものだった。少し先輩のドクターペッパーは「消化を助け、精力、元気、活力をよみがえらせる」と謳われた。 しかし1895年、当時のコカ・コーラの社長エイサ・キャンドラーは販売方針を転換。コカ・コーラを薬ではなく清涼飲料として売り出すことで市場の拡大を図った。1897年に制定された特別税で清涼飲料が対象外であったことも後押しとなり、薬効によるコーラの宣伝は姿を消した。 その後医学や栄養学の進歩により食品と医薬が切り分けられると、コーラはのどの渇きを潤す清涼飲料というポジションに落ち着いたのだ。 トクホコーラが現れるまでは。 トクホとは何かなぜキリンメッツコーラやペプシスペシャルは健康への効果をうたうことができるのか。これを可能にしたのが日本の特定保健用食品の制度である。 特定保健用食品(トクホ)は健康増進法第26条第一項に基づいた食品の表示に関する許可制度だ。国が科学的根拠に基づき機能性の有効性と安全性を審査し、有効と認められたものに表示許可を与える仕組みだ。商品ごとに個別に審査が行われる。 トクホの承認には有効性に関する定量的なデータが求められる。実験データだけでなく試験法や摂取量・摂取タイミング・作用のメカニズムなどが明らかになっていなければならず、医薬品と同様にヒト(日本人)による実証も必要となる。概要は国立健康・栄養研究所のウェブサイトで閲覧することができる(例:メッツコーラ・ペプシスペシャル) トクホの許可を受けるは複数回の審議コメントへの回答やパブリックコメントなどが必要で、通常1年以上の時間に加え検証用にかなりの費用が必要になるようだ。また表示できる内容も商品ごとに定められており、注意事項や1日の摂取目安量も併記しなければならない。なかなか厳しい許可制度なのだ。 しかしこの狭き門を通らない限り、日本では食品に対する機能や効能の表記は認められない。国からお墨付きをもらうため、各メーカーはトクホ商品の開発に力を注いでいる。 ヘルシアの衝撃このトクホは91年に制度化され、93年に第一号が許可された。しかし当初は知名度や登録が少なく、また登録のほどんどがヨーグルトやオリゴ糖をつかった「おなかの調子を整える」タイプのものだったようだ。 その後様々な機能性食品が開発される中で、飲料分野で成功したのが花王の「ヘルシア緑茶」であった。花王は茶カテキンに体脂肪を減らす効果があることを証明し、2003年にトクホを獲得。180円という高価格にもかかわらずヘルシア緑茶は爆発的なヒット商品となり、トクホの飲料が売れることを印象付けた。 2005年にはサントリーが黒烏龍茶で重合ポリフェノールによる中性脂肪を下げるトクホ表示許可を取得。009年には花王が「ヘルシアスパークリング」で炭酸飲料として初めて体脂肪に効果のあるトクホ許可を取得した。 その後も飲料各社は争うようにトクホ飲料を開発した。 トクホコーラの誕生2012年4月24日、史上初めてトクホの許可を得たコーラ「メッツコーラ」が世に送り出された。不健康の代名詞でもあるコーラが脂肪の吸収を抑える効果でトクホを取得したことは発売前から大きな話題を呼んだ。メッツコーラのコンセプトはコーラの消費層でかつメタボリックに悩む30〜40代男性のハートを鷲掴みにし、大ヒット商品となった。
発売元はコーラ市場に参入経験のないキリンビバレッジ。記事などによると、キリンは5年かけてフレーバーからコーラを作りこんだという。2010年に発売された同社初の「キリンコーラ」は、もしかしたらこの開発中のフォーミュラから生まれたのかもしれない(憶測)。 メッツコーラがトクホの許可を取得したのは2011年10月13日。成分として「難消化性デキストリン」を使用し、「食品から摂取した脂肪の吸収を抑えて排出を増加させる」機能で表示許可を取得した。難消化性デキストリンは従来おなかの調子や血糖値抑制でトクホ許可を取得してきた成分。それをコーラ消費層の関心の高い脂肪吸収抑制に使った点が実にスマートだ。 こうして健康機能をうたうコーラが1世紀ぶりに復活したのである。 類似品にご注意!メッツコーラの成功は、他社製品のパッケージデザインにも影響を及ぼした。パッケージに採用された赤・黒・金の組み合わせが、トクホコーラを象徴する色として認識されるようになったからだ。 従来コーラの世界でゴールドはカフェインフリーと相場が決まっていた。そのイメージを覆すほど、トクホコーラのインパクトは大きかった。 後発のサントリーがペプシスペシャルがこの組み合わせのパッケージを採用。また、「トクホウ」のCMで消費者庁に行政指導された日本コカ・コーラの非トクホ飲料「Fiber 8000」や明治製菓のグミ「コーラアップ」までが類似したパッケージを採用している。 真似されてこそ本物、とは言いえて妙である。
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