コーラ白書
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運命の一冊、というのだろうか。普段古本と全く縁のない私がふと吉祥寺の古書フェアに立ち寄ってこの本に出会い、その5分後には会計を済ませていた。

日本清涼飲料史。私の生まれた1975年に編纂された、1500ページを越える日本の清涼飲料史の資料だ。編集の中心はトーキョーサイダーの製造元として知られる丸源飲料工業の2代目社長で、当時の日本清涼飲料協会の理事長を務めた安部栄太郎氏。

本書は当時の内閣総理大臣・三木武夫氏の序に始まり、佐藤栄作氏の辞や叙勲褒章者名簿など物々しい雰囲気が続く。読み進むにつれ、清涼飲料業界が法令規則や税、添加剤規制など政治に翻弄され、時には戦いながら歩んできたことが理解できる。

本書の内容は清涼飲料の歴史、製品、製造装置、当時の世相から政治運動まで多岐にわたる。1530年の炭酸ガスの発見から始まる年表は18ページに及び、1853年のペルリ入港によるラムネの到来や物品税の導入、各社の新製品発売まで細かく記載されている。清飲100年という座談会企画で、大手ビールメーカー部長のコンプラ一発アウト的発言が実名で収録されているのも昭和ならではである。

本書の構成はお世辞にも整理されているとは言い難く、むしろ戦前からの膨大な資料をなんとか1500ページにまとめあげた、という印象を受ける。その中でも飲料税と並んで頻繁に登場するのが、政治的トップダウン決着と言われるコカ・コーラの原液輸入解禁に関する記事である。

特に第3編第8節では「コーラ戦争」と題して、昭和36年から47年にかけての反コカ・コーラ運動や各省庁との折衝の記録がまとめられている。三笠コカ・コーラボトリングの販売店への寄付が独禁法に抵触することが参院決算委で議論されたり、昭和44年2月に虎ノ門で予定されていた「コカ・ペプシ市場独占阻止総決起中央大会」がコカ・コーラの首脳部懇談の結果中止になったり、食糧庁が調停に入ったり、その後矛先がスプライトや安売りのRCコーラに向いていく様など、当時のコーラをめぐる生々しい動静が国内飲料メーカー視点で描かれていて、読み物として大変面白い。

また第4節「清飲の知識」では当時の市場データがカテゴリごとに纏められている。コーラについても昭和39年から42年の国内シェアデータが記載されていて、コカ・コーラの短期間でシェアを固める(64.5 → 81.1%)様子が伺える。この時点ですでにペプシコーラはコカ・コーラに追いつかないと論じられているのが興味深い。

編纂委員長の高木信治氏は編集後記で以下のように述べている。

「どうぞ本書を貴方の書棚に飾り、大切に保管されて後世にお伝えて下さるよう委員一同伏してお願い申し上げます」

この本を飾っておくなどとんでもない。日本の清涼飲料の膨大な軌跡を読み解き、その発展に係わった人々の想いや熱量を受け止め未来に伝えていくのが、本書に出会ってしまった者の責務である。

今月の一冊

日本清涼飲料史
発行者 社団法人 東京清涼飲料協会
昭和50年12月20日発行
非売品 (購入価格 20,000円)