四季報
特集
コーラ料理
津々浦々
Collectibles
珍品
小説
お便り
バックナンバー
連載記事
小説募集中
特集 / 甘味料概論 第2回 糖アルコール編
中本 晋輔

昨年10月、中田をCMに起用したアサヒのノンシュガー飲料「オープラス」が突如全国一斉に回収されるという事件が起こった。罪状は「多量に摂取すると下痢を起こす」というもので、使用されていた「エリスリトール」がワイドショーで槍玉に挙げられたのは記憶に新しいところだろう。その後すぐにエリスリトールを廃止し果汁を増やした「新オー・プラス」が発売され一件落着(?)となったのだが、結局これらの新甘味料についての話はあまりなされかったように思う。今回の甘味料概論はこれら「糖アルコール」と呼ばれる化合物について論じてみよう。

違いは2つの水素原子

糖アルコールとは何か?これはブドウ糖や果糖などのアルデヒド基(-CHO)を持つ糖を還元し、末端をアルコール(-CH2OH)に変化させた化合物の総称である。つまり糖に水素が2つくっついた、それだけのものなのだ。一部を除いて糖アルコールは糖に高い圧力をかけながら触媒を使って還元するという化学合成過程を経るため化学合成物として扱われ、厚生大臣の認可がないと使用することはできないなど天然糖に比べて規制が厳しくなってしまう。また天然の甘味料に比べ価格も高い。

では何故わざわざ糖アルコールを使用するのかというと、糖アルコールには元の糖にはない様々な機能があるからなのだ。中でも重要なのは食べたときに発生する熱量、つまりカロリーである。消化をつかさどる酵素は分子のちょっとした構造変化に対して敏感で、元の糖は分解できても還元物である糖アルコールを分解することができない。その結果、糖アルコールのカロリーは元の糖より低くなる傾向がある。ダイエットを謳った飲料にこの手の甘味料が使用されるのはこういう理由からなのである。

便秘のときには糖アルコール

糖アルコールと糖とのカロリーの違いはその代謝経路にある。糖の多くは酵素によって最小単位まで分解され小腸で吸収されるが、分解されない糖アルコールはそのままの形で大腸まで達してしまう。大腸には様々な細菌が生息しており、その中には糖アルコールを分解して有機酸を産するものが存在する。有機酸は大腸から吸収され我々のエネルギーとなるのだが、一度細菌に利用されているため得られるエネルギーは低くなる。これが低カロリーのひみつである。ちなみにオリゴ糖は大腸まで達し、善玉ビフィズス菌のエネルギーとなるためお腹の調子がよくなるのだ。

表
各種糖アルコールの特性

大腸に糖アルコールが多量に流れ込むと、大腸本来の役割である水の吸収が阻害されてしまう。吸収されなかった余分な水分は便と共に排出され緩下、すなわち下痢を引き起こす。つまり糖アルコールである以上、摂取するとおなかが緩くなるのは避けられない現象なのである。またオープラス事件の時には元凶のように報じられたエリスリトールは現在使用されている中で最も下痢になりにくい糖アルコールであるということも彼らの名誉のためにも覚えておく必要があるだろう。

現在日本ではいくつかの糖アルコールが食品添加物として認められているが、そのなかでもメジャーなもの4つをここで紹介しよう。

おにぎりしっとり、ソルビトール

ソルビトール

でんぷんを分解して得られるブドウ糖に高圧触媒下で水素付加するとソルビトール(ソルビット)と呼ばれる糖アルコールがえられる。これは現在日本で最も多く使用されている重要な化合物で、年間需要130,000tにも及ぶ糖アルコールの王様である。自然界にも比較的多く存在し、海藻や木の実、蜜入りリンゴの蜜の部分などに含まれている。

ソルビトールは砂糖の60%程の甘さがあり、カロリーも75%程度。砂糖に比べ熱に強く、劣化しにくいため製菓業界で広く使用されている。またこの糖アルコールは高い保湿作用を持ち、「しっとりした食感」を出すための保湿剤としても広く使われている。コンビニの2個入りおにぎりパックにソルビトールが入っているおかげで、我々はぱさぱさのおにぎりを食べなくてすむのである。

日本生まれの甘味料、マルチトール

マルチトール

水飴の主成分であるマルトース(麦芽糖)を高温高圧条件下で還元するとマルチトールとなる。マルチトールは天然には存在せず、日本で研究・開発された純国産甘味料である。余談だが糖アルコール分野で日本は世界をリードする存在のようで、出版されている論文の殆どが日本の研究機関でなされたものについてであった(Chemical Abstractで検索)。

マルチトールは砂糖に似たまろやかな甘味を持つ糖アルコールで、砂糖の80%以上の甘さがありながらカロリーはその半分程度(2kcal)と優れた性質を持つ甘味料である。また物性が砂糖に近く、砂糖の代替甘味料としての注目されている。清涼飲料ではアサヒノンシュガーティー「TEAO」シリーズに主力甘味料として使用されている

森の恵み、キシリトール

キシリトール

英語で木琴のことを Xylophone という。これはギリシャ語の木"Xyl"と音"Phone"から生まれた美しい言葉であるが、糖アルコールのなかにも同じ「木」を語源とするものがあることをご存知だろうか。近年解禁され、ガムやキャンディーに革命をおこした甘味料、キシリトール(Xylitol)である。これは多糖キシランを分解して得られる木糖(キシロース)を高圧条件で還元した糖アルコール。キシランは木材に含まれる成分であるから、まさに木から生まれた甘味料なのだ。

キシリトールは爽やかでくどさのない甘味を持ち、甘味度は砂糖と同程度。カロリーは 3kcal/g と砂糖より低く、血糖値を上げないため古くから糖尿病患者の食事等の医療分野で使用されてきた経歴がある。またキシリトールには水に溶かすとまわりの熱を吸収する性質があり、口の中に入れるとひんやりとした感覚を楽しむことができる。値段が高いのが難点だが、これから夏に向けて用途の広がりそうな甘味料である。キシリトールを使用した清涼飲料には「太古カンブリア紀の海水そっくり。深層水のミネラル成分に、コラーゲン、キシリトールなんかもいれちゃった・キラメキ★★スパァ〜クリング」の腰砕け飲料・チェリオ「CRYSTAL SAPPHIRE」がある。

言うことなしの優等生、エリスリトール

エリスリトール

日常生活で知らず知らずと口にしている糖アルコールといえば、このエリスリトールである。天然に比較的多く分布、果実やキノコに多く含まれることが知られている。珍しいところでは醤油や味噌といった日本の食材中にも存在している。「新オー・プラス」ではエリスリトールの代わりに梨の果汁が増やされているが、梨の果汁にはエリスリトールが結構含まれているのである。

エリスリトールはその製造過程や化学的性質が他の糖アルコールと少し異なる。通常糖アルコールは糖の還元(水素付加)によって合成されるが、この甘味料に関してはその直接の原料となるエリスロースの大量生技術がまだ確立していない。そこで開発されたのがバイオテクノロジーを駆使した改良酵母による発酵法で、これによりエリスリトールは大量生産の道を歩み始めた。

エリスリトールの最大の特徴は食べてもほとんど熱にならない、つまりノンカロリー甘味料であるという点である。これは人体はもちろん腸内細菌さえもエリスリトールを分解できず、ほとんどそのままの形で排出されてしまうため。甘味度は砂糖の80%と高く、その上食べても太らないという凄い奴なのだ。現在ノンカロリーと認定されているのはこの糖アルコールだけである。

そのうえ水に溶かしたときの吸熱量はキシリトールよりも高く、冷感のある爽やかな甘味がある。甘味度が高く、味が良く、そのうえノンカロリー。緩下作用も比較的低く他の糖アルコールより多く摂取できる。まさに理想の甘味料である。現在でも「午後の紅茶」にエリスリトールが使用されていることを考えると「オー・プラス事件」の原因は甘味料ではなく、消費量の多いニア・ウォーターに糖アルコールを使用したメーカーの選択ミス、と言えるのではないだろうか。

この他マンニトールやパラチニット・ラクチトール等様々な糖アルコールが食品業界で使用されているが、ここでは(清涼飲料とあまり関係ないので)割愛させて頂こうと思う。

まとめ

名前がカタカナでなんだか取っ付きにくい印象のある糖アルコール。しかし彼らが甘さと砂糖には無い優れた性質を兼ね備えた機能性食品であることが理解していただけだだろうか?最近のダイエット飲料や虫歯にならないお菓子、ひんやりするキャンディーなどは全て彼らの活躍なしではあり得ない。食品に新たな可能性をもたらすもの、そのひとつが糖アルコールなのである。

・・・・・今回、コーラと全然関係ないやんけ。

次回予告

一向に終わる気配の無い甘味料論・第3回は四大人工甘味料について特集の予定。最も砂糖に近いといわれた絶滅種「チクロ」から現在ヨーロッパを席巻する新甘味料「アセサルフェ-ムK」まで、化学者の熱意と偶然が織り成す一大スペクタクルロマンを一挙公開!!! 大丈夫か、オレ!?

参考文献

「糖化学の基礎」
阿武喜美子・瀬野信子著 講談社サイエンティフィック
糖化学について詳しく述べた学術書。これ一冊あれば糖の化学的側面はほとんどカバーできる。
「有機化学・下」
R.T.MORRISON・R.N.BOYD 著 東京化学同人
豊富な図と回りくどい説明が魅力の化学の学術書。院試を共に戦った我が戦友でもある。
「清涼飲料の常識」
(社)全国清涼飲料工業会・(財)日本炭酸飲料検査協会
清涼飲料に関わる人必携の一冊。飲料に関するエピソードからJIS規格までとにかく内容が豊富。
「甘味の系譜とその科学」
吉積智司・伊藤 汎・国分哲郎著 光琳
食品科学分野で有名な光琳「KOHRIN TECHNO-BOOKS」の一冊。ひたすら甘味料について述べられた凄い本で、特に「甘味の歴史」のデータ量は圧巻。思わず買っちゃいました。
「紅茶番付 '98-'99」
きりん本舗(同人誌)
糖アルコールに関するコラムに、カロリー、甘味度のデータが記載されている。流石、押さえるところは押さえてます。
「糖アルコールを中心とする低カロリー甘味料の特性と利用」
佐々木 尭, 食品衛生学雑誌, 39(4), J317, 1998

[四季報 1999年4月号] [コーラ白書] [HELP] - [English Top]
Copyright (C) 1997-2000 Shinsuke Nakamoto, Ichiro Nakahashi.