前編

 

コーラとペプシの戦いは、アメリカの南北戦争に喩えられる。南部ジョージアで生まれアメリカの良き伝統を伝えるコカ・コーラと、東海岸に拠点に革新をもたらすペプシコーラの戦い、と言うわけだ。そしてそれぞれの本拠地、すなわちアトランタとニューヨーク、はコーラにとって特別な意味を持つ都市である。

これまで私はこの2つの聖地を訪れる機会があったが、その印象は対照的であった。アトランタにはオフィシャルのミュージアムがあり、公園に先代CEOの名が刻まれ、排他的なまでにコカ・コーラの存在に満ちていた。

しかしニューヨークにはそんな匂いはなく、ただペプシ製品の缶の肩に刻まれた「NEW YORK」の文字だけがここが特別な場所であることを物語っていた。

もう一度ニューヨークへ行って、ホームでのPEPSIの姿を見たい。そんな思いに駆られて東海岸行きのチケットを予約したのが7月も半ばの頃だった。コーラ業界を騒がせた米国のニューエイジブームも最近はエナジードリンクへとシフトし、コーラ収集に奔走する必要もなさそうだ。今回はNYの街をゆっくり散策しながらPEPSIの匂いを拾っていこう。

そんなのんびり旅行を思い描いていたら、出発の直前になってアメリカから情報が飛び込んだ。

「バニラ味のPEPSIが 近日発売!」

げ、まじかよ!バニラ味のペプシとなれば、明らかにVanilla Cokeの対抗馬。フレイバーコーラ対決の新局面を現地で見られるまたとないチャンスである。何とか現物を見てみたいが、PEPSIの新製品は地域限定の販売テストをすることが多い。はたしてニューヨークで入手できるのか。それまでの優雅なムードは一転し、妙な緊張感のなか私は機上の人となった。

 

ホテペンの戦慄

13時間ぶりに降り立ったところは、アメリカ独特の喧騒のど真ん中だった。
無愛想な係員からチケットを買って硬いプラスチックの座席に腰を落ち着けると、バスはあちこちで人を拾いながらマンハッタンへと向かう。グランド・セントラル駅で強制的に降ろされて、小バスを乗り継いでPenn Stationに着いたのは日が暮れる頃だった。

トランクを抱えてマンハッタンに降り立って、ぎょっと立ちすくんでしまった。夕暮れの街角にはがたいの良い黒人のにーちゃん達が溢れ、10メートル歩くごとにTシャツ売りに呼び止められる。街角にはゴミが積み上げられ、異臭を放っている。

・・・NYってこんな雰囲気だったっけ?かなり困惑(とビビり)しながらも、とりあえず初日のお宿、Hotel Pennsylvania に入った。

ホテルのフロントに来て、また立ちすくんでしまった。夜7時のチェックインカウンターには30m以上の列が出来ているのだ。その上フロントが不慣れな為か、列が全く動いていない。客の多くが床に座って時間をつぶしているという、開店前のパチンコ屋のような異様な光景である。

結局鍵を手に入れたのは、ホテル到着から1時間もたった事だった。

後から聞くところによると、ここはレベルの低いニューヨークのホテルの中でもかなり下のランクに入るとのこと。とにかく内装がやたら古くて、水周りにも錆やタイルの欠けが目立つ。その上特別安いと言うわけでもないのだから、かなりのハズレと言ってもいいだろう。1泊だけなのがせめてもの救いである。

荷物を置いて一息つくと、かなり腹が減っていることに気づいた。件のペプシの探索も兼ねて外へ出ようとしたが、外の妙なテンションに押されて断念。ホテルのレストランでチーズバーガーを食べ、敗北感をかみ締めながらベッドに倒れこんだ。

翌日フロントで聞いてみると、その晩はPenn Station の 裏のマディソン・スクェア・ガーデンでNBAの試合が開催され、お祭り状態だったとか。 その上ゴミの回収日の前日だったようで、翌朝には綺麗さっぱり片付けられていた。初日に手荒い(?)洗礼を受けたお陰で、その後の旅では随分肝が据わったのだが。

 

Amtrakとだるまボトル

翌日、9時発のAmtrakでフィラデルフィアへと向かう。私の体には若干の鉄分が含まれているようで、昔からアメリカ国内の移動に関してはGray FoundよりもAmtrakをよく使っていた 。あの無骨な牽引車や飛行機を模した窓のやたら小さいコーチ、1時間遅れ上等の雰囲気がなんとも好きなのだ。NY-Philadelphia 間にはビジネスコーチと呼ばれる上級の車両があるという。普通席にしか乗ったことのない田舎者としては、この機会に是非とも乗っておきたい。

$17高いだけあって、ビジネスコーチは座席が広くかなり快適だった。ビジネス仕様の座席にはコンセントとテーブルあり、巨大なノートパソコンで仕事をするビジネスマンの姿があちこちに見られる。ランクが上がってもAmtrak独特の座席指定法は健在で、車掌が乱暴にチケットをちぎって網棚の縁に差し込んでいった。

ビジネスクラスのチケット料には1杯分のドリンク代が含まれている。ただ新幹線のような座席まで売りに来るようなサービスはなく、こちらからチケットを持ってカフェテリアに出向く必要がある。別に何も飲みたくなかったが、飲まないと損をしているような気がしてとりあえずカフェテリアを覗いてみる。

AmtrakのカフェテリアはPEPSIの勢力下にあった。とりあえずペプシとフリトレーのポテトチップスを注文してみて、ちょっと驚いた。PEPSIがダルマ型のグラスボトルだったのだ。アメリカでガラス製のダルマボトルを見たのはこれが初めてだったし、実際他のジュースは全て缶入りだった。 

金属のスクリューキャップを開ける感触が妙に懐かしい。氷の入った薄っぺらいプラスチックのカップにペプシを注いでいると、ああ旅をしているのだなという思いが浮かんできた。

 

フィリーステーキ!

今回フィラデルフィアに立ち寄ったのは、古い友人に会うためであった(少なくとも表向きは)。ホテルのロビーで再開した彼女は昔より少し痩せた印象で、忙しいながらもアメリカでの生活を楽しんでいるようだった。「アメリカはオンとオフの区別がはっきりしてていいよね」と笑顔を見せながら、暇さえあれば仕事場に顔を出している彼女に敬意と若干の矛盾を覚えたが。てか休めよ。

わたしの中では「おばあちゃんが発音しにくい」(註1)くらいの印象しかなかったこのフィラデルフィアという街は、どうやらアメリカの独立宣言ゆかりの土地らしい。また病院と大学が数多くある文教の都市でもあり、またフィリーステーキの街でもあった。

フィリーステーキ!! なんと甘美な響きであろうか。この土地の名を冠する料理はステーキというよりむしろ豪快なサンドイッチといった風情で、硬めのパンを割って、そこにチェダーチーズと一緒に炒めたビーフを詰め込んだだけの非常に頭の悪い食べ物だ。 この組み合わせで旨くない筈がない。

観光地の名物なだけにフィリーステーキを出す店を探すのにそれほど苦労しなかった。インディペンダントホールの隣にあるモールも例外ではなく、開放的な雰囲気のフードコートに小さな店を見つけた。とりあえずセットを頼むと、わずか数分でアツアツのフィリーステーキと山盛りのポテト、それに日本ではありえない大きさのコカ・コーラ(Mサイズ)がやってきた。物凄いカロリーである。

パンが少し乾燥していたが、スパイスの効いた肉とチェダーにレッドペッパーがアクセントになって、素直に旨いと思える一皿であった。またこういう料理と一緒に飲むコーラも格別なものだ。

その後友人の案内でインディペンダントホールの無料のツアーに参加したり、「鐘を修理して鳴らしたらまた壊れた」という非常に分かりやすい逸話を聞いたりと、観光といわれるものを一通りこなした。たしかにリンカーンの立った場所も年季の入った象徴的なベルも興味深かったが、むしろまフィラデルフィアの町並みの美しさやアール・デコ調の建物のさりげない優雅さのほうがずっと印象的であった。

しかしここでも件のバニラ味PEPSIの姿はなく、焦りはつのるばかりであった。

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