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![]() 中本晋輔
深い紺色の空にNorth Dormのシルエットが黒々と浮かんでいる。静かに闇に包まれていくYosemite Valley の中もでもCurry Villageのこの一角だけは光が絶えることがない。世界中からの旅人がここに集い、グラスを片手に様々な言葉で話し、語り、歌う。
カウンターに座れないほとんどの人は、店の端のレジに食堂のように列に並んで注文する。それを聞いて店員がその場で用意してお金と交換するという、バーと言うにはあまりにチープなシステムだ。それでも列が途絶えることはない。 メニューに名前は無かったが、キューバ・リブレができるかどうか尋ねてみる。「1つでいいの?」と聞かれ頷くと、レジの女性は手馴れた手つきでラムの瓶を取ってグラスに注ぐ。どんなコーラを使うのかと注意深く見守っていると、彼女はカウンターの下に手を伸ばし赤いチューブを取り出した。先はまるで散水ホースのような引き金があり、ご丁寧にCoca-Colaのロゴが入っている。 グラスの口までチューブの先を近づけ引き金を引くと、泡立つ褐色の液体が勢いよく注がれる。それに薄っぺらいライムをつまんで入れると、どんっ、と私の前に置いてくれた。私は呆れを通り越して笑ってしまった。なんと合理的、なんと安っぽいコーラ・リブレなのだ! 外の暗さに目を馴染ませつつ、少し離れた木のリクライニングチェアを選ぶ。深く腰を沈めると、そらには満天の星空があった。都会の空とはまるで別ものの、ビーズをちりばめたような見事な星空だ。 いい酒にはいいツマミが要るというけれど、素晴らしいツマミは酒の七癖を隠すものらしい。一口目に感じた薄っぺらさもライムの頼りなさも、星を眺めながら飲み進むうちにいつしか気にならなくなっていた。 お世辞にも上品とは言いがたいが、心に残る一杯だった。
Yosemite Curry Village $5.50 |
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