コーラ小節「追憶」

夢野 華(ゆめのはな)

 不意に脳裏に現れる。 あまりに唐突なので、ぼんやりと宙を見上げたまま心を遊ばせてしまう。 季節はいつも早春である。萌え出たばかりの若葉が太陽の光をあびてきらきらと輝き、幼い頃のわたしが山道を辿りながら息を切らしているのが見えてくる。

  道の途中で川に下りる。ひとやすみしてコーラのビンを雪解けの冷たい清水で冷やす。それほど時間はかからない。冷えたコーラのビンを父親から譲り受けたサバイバルナイフでシュポンと開けて、ごくごくと喉の渇きをいやす。

 そこからは、ごつごつと尖った岩の上を川の流れに遡って歩いていく。 心の中で「もうすぐ、もうすぐ」とつぶやきながら木漏れ日の中を静寂の香りを嗅ぎながら昇る。 聞こえてくるのは川のせせらぎの音と、風に揺れる若葉のささやきと、春を謳歌するの囀(さえず)り・・・ それらのひとつひとつが一度に舞い降りてくるのではなく、交響曲のように次々と新しい旋律を奏でるように交わる。

 目指しているものの微かな音が響き始める。 荒い息づかいの中で、その音は一歩一歩の歩みにあわせて大きくなる。 そして、とうとうその姿を現す。 白い水しぶきのその向こうに滝がある。

 夕刻の太陽の光を浴びて虹がかかっている。 その感動と興奮にとりつかれた幼いわたしは、その過程を何度も反芻できるまで続けている。何かにとりつかれたように滝を求めていた、あの頃。この世のすべての美しさが宿っているかのような、あの小さな細い銀の滝。

 その時でなければならぬものがある。過ぎ去れば色あせて戻らぬ何かがある。 時の流れの中で美しく輝きを放つものが追憶になる。求める心があればまたたどり着ける。 誰の心にも愛しい滝が現れる。

夢野 華さん - 短歌,詩などの作品をウェブサイトにて公開中。


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