四季報
特集
甘味料
津々浦々
Collectibles
珍品
小説
お便り
バックナンバー
連載記事
小説募集中
特集 / 甘味料概論 第4回 配糖体&蛋白甘味料編
中本 晋輔

はじめに断っておきたいのだが、今回ここで紹介する甘味料はコーラとは全く関係ない。コーラで主に使われるのは砂糖などに代表される糖類や低カロリー需要を反映したアルパルテーム等であり、これら以外の甘味料を使用したものは清涼飲料全般に見てもそれほど多くない。しかし一方でこれらの甘味料はより深いレベルで人々の文化と結びつき、嗜好品や薬として古くから親しまれている例が数多く見られるのである。少々言い訳が長くなったが、今回は配糖体・蛋白甘味料を取り上げてみたいと思う。

超甘味料・配糖体

ではこの耳慣れない「配糖体」とはなんだろうか? これは「環状構造をとった糖のアセタール誘導体」として定義される一連の化合物のことである。つまり糖と他の化合物が酸素を挟んでくっついたもの、と考えてもらえればいい。ただし配糖体だからといって全てが甘いわけではなく、甘味料に使われるのはその中のごく一部に限られている。ここではそれらのなかで我々に馴染みのあるいくつかを紹介したい。

1.南米生まれ日本育ちの甘味料・ステビア

ステビア

最も知名度の高い配糖体甘味料といえば、おそらくステビアの名前が挙げられるだろう。大塚の「POCARI SWEAT stevia」をはじめ、ステビアを使ったお菓子や清涼飲料を目にする機会は結構多い。このいかにも低カロリー甘味料の代表格のように思われるステビアだが、実はアジアと南米以外ではほとんど知られていないのである。

ステビアは南米原産のキク科の植物「Stevia rebaudiana」の葉から取れる甘味料で、パラグアイの先住民は古くからマテ茶の甘味づけに使用してきた。しかし彼らはこれ以外の用途にステビアを用いることは少なく、むしろ蜂蜜を好んで使ったらしい。その理由は簡単、ステビアは不味かったのである。ステビアの主成分であるステビオサイドには独特の苦味があり、また後味がずっと後まで残ってしまうため、汎用の甘味料としての使用には問題があったのだ。

こうして誰も製品化しなかったステビアに着目したのが日本の企業であった。人工甘味料に対する風当たりの強かった1970年代の日本では、天然由来の甘味料の需要が急激に高まっていたのだ。こうして新たな甘味料を開発すべく、日本でステビアの味質改善に関する研究がにわかに活発になったのである。

まず広島大学医学部で、ステビアの第2成分であるレバウディオサイドAが主成分ステビオサイドより優れた甘味料であることを見出した。現在ではさまざまな品種改良の結果このレバウディオサイドAを多く含む品種が開発されている。また最大のネックであった苦味も酵素処理で取り除くことが出来ることがわかり、ステビアは急速に製品化の道をたどることとなる。

ステビオサイドで砂糖の200倍、レバウディオサイドAでは300倍以上の甘さがあり、カロリーが低いためダイエット用甘味料として様々な用途で使用されている。高安定性・高発酵性でコストも安いことから、今後の使用の拡大が期待される。現在でも味質改善の研究は続いており、結果によっては砂糖の主力代用品となる可能性も十分考えられる。がんばれステビア!!

2.良薬口に甘し・グリチルリチン

グリチルリチン

最近はやりの生薬系カゼ薬。その中に葛根湯と並んでよく使われるものに甘草がある。この咳や咽頭痛に効果のある薬草の根は独特の甘味を持ち、中国では他の苦い薬と混ぜて飲みやすくするのにも用いられた。この甘草の主成分はグリチルリチンとして知られる配糖体である。ちなみに甘草は英語でlicoriceといい、アメリカの凶悪な粘着性駄菓子「リコリス」の原料としても有名だ。

グリチルリチンは砂糖の約150-250倍という高甘味を持ち、立ち上がりが遅いのと後味が長いのが特徴。主に中国で栽培されていて、日本はほとんど輸入に依存している。pH4.5以下では沈殿しやすいため酸性の強い清涼飲料には使いにくく、おもに醤油や味噌といった渋い食品に使われている。界面活性作用もあるらしいが、コーラには・・・ちょっと無理そうだなぁ。

この他にもお釈迦様の誕生日に供する甘茶の甘味成分・フィロズルシンや羅漢果の皮に含まれるアグラコンなど様々な甘味配糖体が発見されている。これらの多くは食品添加物として使用されているが、飲料向きの味質を持つものが少ないこともありこの分野への応用は進んでいないようだ。残念。

甘い蛋白質

今回もうひとつ紹介したいのが蛋白性甘味料である。炭水化物・脂肪と並ぶ3大栄養素のひとつで肉などに象徴される蛋白質の中には、砂糖のなんと3000倍というとんでもない甘さを持つものがあるのである。

蛋白質とはアミノ酸が鎖のように繋がったものである。しかしアミノ酸が鎖のように繋がったもの全てを蛋白質というかというとそうではない。蛋白質とはアミノ酸の鎖が様々な作用である特定の形を作り、何らかの生体的機能を持ったものを呼ぶのである。つまり蛋白質は単なるアミノ酸の集合体ではなく、アミノ酸にはないような様々な性質を持っているのだ。アミノ酸の中には砂糖と同程度の甘味度を持つもの(グリシンなど)があるが、3000倍などという桁外れな甘さは蛋白質になって初めて実現できるのである。

3.これぞ世界最強・モネリン

世界で最も甘い物質として知られるのがアフリカ原産のD.cumminsiiの実に含まれる蛋白質・モネリンである。砂糖の約3000倍の甘さを持つこの甘味料はアミノ酸45個のA鎖(分子量5398)と50個のB鎖(分子量5835)の2本が組み合わさった蛋白質である。砂糖が分子量342だから、これがいかに巨大な分子かわかっていただけるだろう。モネリンの特徴は良質な甘味と強烈な後味で、特に後者は食べた後数時間は甘さが口に残るという凄さ。この何もかも桁外れな甘味料について数多くの研究がなられているが、現在のところ商品化の目処は立っていないようだ。

4.味を操る甘味料・ソーマチン

これに対してTalinという商標で商品化されたのがソーマチンである。この砂糖の2000倍程度の甘さを持つ甘味性蛋白は西アフリカ原産の植物Thaumatococcus danielleの種に多く含まれ、先住民らによって利用されてきた。1840年にイギリス陸軍の軍医 W. F. Daniell によって西洋に紹介され、以降この珍しい性質の蛋白の研究が行われてきた。最近でもNASAがスペースラボでの結晶化を行うなど世界的に研究が続いているホットな物質の一つだ。

この甘味料の最大の特徴はなんといっても混ぜることによって他の味を変化させることである。たとえば紅茶ではタンニンの苦味を消し風味を引き立てたり、低脂肪牛乳の味を普通の牛乳に近づけるなど「ほんまかいな」というような効果が報告されている。そのためアメリカや欧米では甘味料よりフレイヴァーエンハンサーとして使用されることが多いようだ。ちなみに先進国で最も早くソーマチンを甘味料認可したのは日本(1979年)で、このあたりさすが甘味料王国である。

秘められた無限の可能性

これらの蛋白質はなぜこんなに甘いのだろうか? 1987年、科学雑誌「NATURE」にモネリンとソーマチンの結晶構造が発表されその比較が試みられたが、その結果は「似ていない」というものだった。結局現在もこの強烈な甘さの原因は完全には解明されておらず、研究が続けられている。

蛋白の様々な機能は、生命が30億年のあいだ試行錯誤を繰り返して手に入れたものである。人工的に蛋白を作る研究が世界各地で試みられているが、自然の真似事をするのが精一杯なのが現状のようだ。それでもモネリンの2本の蛋白を結合させて耐熱性の高い甘味料を作るなどいくつかの成果も出始めている。もし人類が蛋白の仕組みを完全に解き明かし、また甘さの仕組みを完全に理解できたならば、我々は理想の甘味料を手にすることができるのかもしれない。人類の「甘さ」への挑戦は、まだ道半ばなのである。


1年以上引っ張った甘味料概論も、とりあえず今回でおしまい。最後はなんだか語り入ってしまったが(照)、甘味料について少しでも理解が深まれば幸いである。一般の方には少々難しかったかもしれないけど、お付き合いありがとうございました。

■参考文献

「甘味の系譜とその科学」
吉積智司・伊藤 汎・国分哲郎著 光琳
食品科学分野で有名な光琳「KOHRIN TECHNO-BOOKS」の一冊。ひたすら甘味料について述べられた凄い本で、特に「甘味の歴史」のデータ量は圧巻。思わず買っちゃいました。
「漢方医学」
大塚 敬節著 創元医学新書(A-10)
難しい本でした。
「ステビア甘味料の近況と利用状況」
芝里道男, ジャパンフードサイエンス, 34(12), 51-58(1995)
やっぱり日本語の論文はいいですね。いつもは論文を私費で取り寄せているのですが、これは手違いで皆様の血税を使ってしまいました。この場を借りてお詫びします。
「Alternative Sweeteners: an overview」
Lyn O'Bruen Nabors and Robert C. Gelardi, Food Science Technology, 48, 1-10(1991)
「Stevioside」
A. Douglas Kinghorn and D. Doel Soejarto, Food Science Technology, 48, 157-171(1991)
「Less Common High-Potency Sweeteners」
A. Douglas Kinghorn,;Cesar M. Compadre, Food Science Technology, 48, 197-218(1991)
いつもお世話になっているFood Science Technology。この48号は「Alternative Sweetener 2nd edition」でした。
「Crystal structure of the intensely sweet protein monellin」
Craig Ogata, Marcos Hatada, Gail Tomlison, Whan-Chul Shin and Sung-Hou Kim, NATURE, 328(20), 739-742(1987)
世界初のモネリンの結晶構造解析の結果である。重金属置換法はさっぱりわからん。
The Talin Company homepage
http://www.talin.co.uk/
ExPASy Molecular Biology Server
http://expasy.proteome.org.au/
蛋白質のデータベース。授業で習ったので早速使ってみました。

[四季報 2000年1月号] [コーラ白書] [HELP] - [English Top]
Copyright (C) 1997-2000 Shinsuke Nakamoto, Ichiro Nakahashi.