Costco尼崎店

「中橋君、今月の『コーラを撮る』やけど、どないかな?」

代表に声をかけられて、僕は文字通り飛び起きた。デスクマットの上には、よだれの跡が少し。

「え、あの、その、実はまだテーマが決まってなくてですね・・・」

「ふーん、随分暇そうやから、もう出来上がったんかと思たで。」

代表は、意を得たりといった皮肉の笑顔を満面に浮かべ、僕を凝視した。何かを企んでいる証拠に、唇の端が僅かに歪む。

外は猛暑だ。白いビルと黒いアスファルトのコントラストが熱気に揺らめき、時折淡い色の日傘が漂っている。個別空調でないボロ事務所の中は、氷河期のような寒さのだけれど。

「アメリカに、コストコいうスーパーマーケットがあるんや。まあ、スーパーというよりも、倉庫みたいなもんやな。コーラなんかは、箱で売る。そうすると、安うなる。」

「はあ。安いのは有り難いですね。」

「それが、数年前に日本にもできたんや。この辺やと、尼崎にあるらしい。そこへ行こか。」

「行くって、買い物ですが?」

「アホやな、取材やがな。ネタ、助かったやろ?」

「でも会長、コーラを『撮る』ですよ。」

僕は、カメラを構えてシャッターを押す身振りをしてみせた。

「かまへん、いざとなったら、万引でもしてコーラを『盗る』にしたったらええ。」

午後の陽射しで都市の気温はピークに達していた。でも、事務所の中だけは南極のように寒い。それは空調のせいだけじゃないかもしれない。

★ ★ ★

カルフール外観
カルフールが見えてきた
というわけで、コストコ尼崎店はJR尼崎を北東へ3km程行ったところ、カルフールの隣にあるらしい。カルフールの取材も一緒にできるというのは、悪い話ではない。タクシーを使えば10分程の距離だが、大きな工場と雑多な住宅地が入れ違いに続く県道をぶらぶら歩く。

途中豪快に道を間違えたりしながら、1時間弱ほどで到着しただろうか。工場が多く人影まばらな地域ではあるが、カルフールの周囲だけは商店も集中しており、行き交う人も多い。でも大抵の人は車で訪れるのだろう。建物内の店舗配置が屋上駐車場への出入り口を中心に組み立てられているという印象を得た。

カルフールの品揃えはなかなかのもので、何故かインカコーラ山積みにされているなど、コーラファンとしても見過ごせないものがある(というか、商社に在庫のあるものはとりあえず何でも店頭に並べよう、という感じ)。中本は量り売りのジェリービーンズに強く反応。アメリカ不健康菓子愛好家の面目躍如たるものがある。そういえば、ハバネロ(唐辛子)味のジェリービーンズなんてものがあった気がするが、いったいどんな味だったんだろう。

ちなみに個人的な感想を言えば、このように広くて明るくて清潔なショッピングモールは、なんだか居心地が悪い。狭くて暗くて汚い店が好きってわけじゃないんだけど、でもそっちの方が落ち着くかも・・・。


コストコ店内
閑話休題。

続いてコストコに突入・・・、したいのだが、入り口がどこにあるのかわからない。このカルフールの隣にあることは間違いないのだけれど、いったいどっちの隣にあるのだろう。

探すこと15分ほど、ようやく発見したコストコは、確かに倉庫か物流センターのような外観だった。敷地の入り口から建物までは有るのか無いのかよくわからないような頼りない歩道が1本だけ。歩いてくるのはよほどの物好きだけらしい。

入店には会員登録が必要である。自営業者でない一般消費者の年会費は4,000円。決して安くはない金額だが、果たしてこれを回収できるほどの安売りがなされているのだろうか(なお、退会すれば年会費は返還される)。American Expressクレジットカード付き会員への(執拗な)勧誘を振り切って、中本が入会。中橋はその同伴者として入店する。


コーラはケース単位での販売
店内は予想以上の倉庫っぷりだった。店員の姿は全くない(ちなみに、客もいない)。商品はパレット(フォークリフトで運搬するためのスノコのようなもの)積みのまま、巨大なスチール棚に並べられている。販売単位は缶ジュースなら1ケース24本。その他のものも全てまとめ買いサイズだ。ドン・キホーテとは対極的な、非常にアメリカンな手法である。

通常の日本の流通であれば、商品は工場で手頃な大きさの段ボール箱に詰められ、そのまま流通する。あるいは大口の顧客であれば、段ボール箱をパレットに積んで流通センターまで運び、小分けして各店舗に配送する。さらに、店頭に商品をひとつずつ陳列する作業も必要だ。多くが手作業で行なわれる、非常にコストのかかる方法である。

しかしコストコ方式では、工場から貨物船やトラックを経由して、直接パレットのまま店舗に商品が配送されることになる。運搬はフォークリフトで行えるので、人手はほとんど必要ない。そのうえ、商品陳列の手間さえ省いている。これでは安くならないはずがない。

実際安い。コストコでのシンプリー・ソーダ・コーラの値段は24本で607円(税込)。1本あたりにすると25.3円になり、もはや20円コーラの域に突入している。CokeやPEPSIも安かったんだけど、あれ、いくらだったかな。ごめん。忘れちゃった。

その他、バケツのような缶に入った洗剤や、GE製の冷蔵庫、直径50cm以上はある巨大な冷凍ピザなど、アメリカ臭さ爆発の商材を見て回るだけでも、結構楽しい。しかし、店内を見回るうち、我々の中に根源的な疑問が生じ始めた。

欲しいものがない。

せっかく年会費まで払ったのだから、できれば何か買って帰ろうと思っていたのだが、電車+歩きなので、ケース売りのコーラを買うこともできない。ポテチだってかさばって(通常の4〜5倍の大きさがある)、持ち帰るのに苦労しそうだ。巨大なピザを焼けるオーブンもないし(切ってから焼けばいいのだが)、洗濯機の横にバケツを置くスペースもない。

やがて、空腹から中本が怒り始めた。買い物は諦めて、併設のカフェテリアで食事にしよう。

中橋が注文したのはシーフードピザのスライスと、ホットドッグ。お替わり自由のソフトドリンクがついて、税込み556円也。ピザだけでも満腹になるボリュームがあり、かなりのお値打ちであるが、結局のところ売り場にあるのと同じ冷凍ピザを焼いたものであることに思いを致すと、やや悲しい。

なお、ホットドッグにトッピングするタマネギやピクルスのみじん切りは、横手にあるディスペンサーで好きなだけ乗せることができる。ハンドルを回すとタマネギやらが「にゅるっ」と出てくる仕組みになっているのだが、日本人には馴染が薄いせいか、使い方を誤って周囲にトッピングを垂れ流してしまう人が多いようである。

ゴミ箱
閑散とした店内にはもの寂しげなゴミ箱が良く似合う。
既に閉店が近付いた店内では、後片づけが粛々と進められていた。アメリカ文化を象徴するかのようなこのシステム、今後日本で、そして世界で、どのように受け入れられていくのだろうか。再開発の進む尼崎駅までの道のりを、そんなことを考えながら歩いた。

参考サイト


[コーラ白書] [HELP] - [English Top]

Copyright (C) 1997-2014 Shinsuke Nakamoto, Ichiro Nakahashi.
当ウェブサイトに記載されている会社名・商品名などは、各社の登録商標、もしくは商標です