コーラ小説「小さな丘」
夢野 華

 そこは植物園の中の小さな目立たぬ丘だった。丘のまわりを数本の桜の樹がぐるりと囲んで、緑の芝生があるだけの、それだけの小さな丘だった。

 冬、広い植物園の中は人もまばらで、風もなく太陽の光が木の葉を散らした後の樹々の間からおだやかに、こぼれて地面を照らしていた。孝也とふたりで寄りそって歩いていると寒さは感じなかった。ゆっくりとした歩調で、
その丘に辿りつくまでの道程を楽しんでいた。

 途中に自動販売機があった。いつの間にか喉が渇いていた。

「いつもので良いよね」

 孝也はコインを入れてコーラのボタンを押した。二人で同時にプルトップをプシュッという心地よい音をさせて開けると、そっと缶と缶をあわせて
ささやかな乾杯をした。ふたりが今度いつ会えるのかわからなかった。孝也は転勤が決まっていた。孝也と二人きりで会えるのは、おそらく、これで
最後だった。

 丘に着くと芝生の上にシートを敷いて、ふたりで横になった。少なくとも、いま、この瞬間だけは淡い薄水色の空も、この美しい地球も、全て、
ふたりだけのものだった。そっと手を握り合うと孝也はわたしを抱き寄せ、初めてキスをした。真昼の白い月が微笑みながら見つめていた。

「この丘に、たんぽぽが一杯咲いたら迎えに来るよ。それまで待っててくれる?」

 突然の孝也の言葉に、持っていたコーラの缶を危うく落とすところだった。返事をする間もなく、はらはらと涙があふれてきた。わたしは言葉もなく何度もうなづきながら、この小さな丘に咲き乱れる、たんぽぽの黄色い花を想像していた。

夢野 華さん - 短歌,詩などの作品をウェブサイトにて公開中。


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