小説『コーラ事件の真相』

Yasukiyo Seko

ガランとした放課後の職員室。運動部の掛け声が遠くで聞える。目の前にあるのは、憧れの橘先生が口を付けたと思われる缶コーラ。学級日誌を握る手にじわりと汗が滲む。どうしたことか、俺はそれに手を出してしまったのだ。パチパチと割れる球体がのどを滑るたび、俺は快感とも言える痛みを覚えた。クラスメイトの高山美里に見られていたなど知るよしもなく、俺は、めいっぱいのスリルを味わっていた。俺は、この出来事を『コーラ事件』と呼んでいる。

「何これ、フレンチドーナッツじゃないじゃない!」
「売り切れだったんだよ」
「アレじゃないと嫌!」
「そんなこと言ったって仕方ないじゃねぇーか、それで我慢してくれよ」
「あら、そんな態度とって良いと思って?あたしは構わなくてよ。君がこの先、どんな校紀な目にさらされようとも」
あの事件以来、俺はまさに彼女専属なんでも屋。幻のフレンチドーナッツを買い求め、昼休みのチャイムと同時に教室を飛び出す日々。授業の板書は、二人分。もちろん、彼女のそうじ当番も引き受けます。

「お熱いわね」
ある日、高山に従える俺に対して橘先生が放った一言。
見当違いだとは分かっているさ。だけれど、言わせてくれ。…“誰のせいだと思ってんだ!”

あれから、どれくらい経ったろう。俺は、いつものように彼女の部活の終わりを待っていた。夕陽が差し込む薄暗い教室。自分の席に座り鞄を枕がわりに顔をうずめていた。
「冷て!」
首筋に電気が走る。俺は飛び起きた。振り返ると、缶コーラ片手に高山が立っていた。
「はいよ」
どういう風の吹き回しだ。こいつが他人に何か物をやるなんて。今日は、槍でも降るのか。けれど、缶コーラというのは、彼女らしい。たっぷりと嫌味が詰っているわけだ。
「あの日、橘先生の机の上にあっただけで、どうしてあの先生のものだと思ったの?」
「ん?何だよ、いきなり」
「缶コーラよ!他の先生が適当に置いたものかもしれないじゃない?もしかしたら、生徒から没収したものかもしれないわ。」
こいつの言うことを間に受けるわけじゃないさ。だけれど、どうしてあの時、そんな可能性を考えなかったんだ。確かに、俺は先生が口を付けたところ見たわけじゃないんだ。
「お前、何か知ってるな?」
「お頭の弱い君でも、それぐらいには気付くのね。橘先生とあたし、仲良くってね。あの日も、犯行直前まで、職員室で、橘先生と涼みながら無駄話に花を咲かせてたわけ。その時点で、コーラの出所は、はっきりしていたの。あたしたちの井戸端会議も解散して、入れ違いにあんたは、もぬけの殻となった職員室のトビラを開いた。バカなあんたはドアの隙間から注がれるあたしの視線に気付くこともなくね。」
抜けてゆく身体中の力を押さえながら、口の端を引きつらせ、渾身の一言、
「一応聞いておくが、結局、間接ちゅーの相手はお前だったなんて流れじゃねぇーだろうな?」
口元に小憎たらしい笑みを浮かべ彼女は言った、
「あら、ならどーする?」
小悪魔に魅入られた俺は、ただ、たじろぐだけで何の言葉も出てこなかった。


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