コーラ白書
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コーラ小説「南十字受信センター」

あらき

 今日も晴れだ。この島では、ほかの天候はない。

 夜になると南十字星が見えるから、ここは「南十字受信センター」と呼ばれている。衛星を追跡し、蓄えられているデータを受信するのが役目だ。機器は自動化されているので、常駐者は一人で十分だ。

 明け方に、北の水平線から上がって来た衛星との通信は、成功だった。慣れた作業だが、失敗できない業務を一人でやるから、緊張がつきまとう。この緊張から逃れるには、スプライトを飲みながら、陽に当たるのがいい。見ている人がいたら、気楽なもんだなと思うようなポーズをとるのである。

 ぐるりと遠くを見渡すと、ゲートの近くに人影が現れた。

 この敷地のゲートから、センターの建物の入り口までは、まっすぐ一本道だ。やってきたのは、近所から通ってくる顔なじみの少女だった。褐色の肌に赤いワンピースがよく似合う。

「おはよう。いい天気ね」

 いつもの挨拶だが、少女の知っている日本語のすべてに近い。

「そうだね。いい天気だね」

 そう返事をすると、それが合図になって少女はいつものように畑仕事を始めた。
彼女が通ってくるわけは、エアコンから出てくる水だ。

 センターでは、太陽光発電ですべての電力をまかなっている。コンピュータや送受信機の電力はもちろん、それを冷却するエアコンにも電力を供給している。

  海から吹いてくる風には、大洋の水分が十分に含まれているから、二十四時間稼動しているエアコンのドレーンホースからは結露した水がいくらでも出てくるのだ。水は、浅い貯水槽に溜めてある。

  彼女は、この水を使って、野菜、果物、草花を育てている。ずっと前から敷地内にある畑は、彼女が使ってよいことになっている。センターとしては、衛星との通信の邪魔にならなければ、敷地が芝生だろうと畑だろうと違いはない。近隣住民のためになるなら、それが良いと考えるのである。

  彼女は、いつもより、長々と水遣りをしていたが、やがて、取れたてのパイナップルをいくつも抱えてきた。豊作らしい。そのなかのいちばん大きなものを選り分けて、ぼくに寄こした。水のお礼だよとその笑顔が言っていた。

 そのお返しに、センター標準のストック品であるスプライトのボトルを差し出すと、少女はうれしそうに受け取った。この島では、スプライトがあるのはこのセンターだけだから、プレゼントとして少なからず価値があるのだ。それに、ぼくはもう飲み飽きている。

  彼女は、今日の収穫を要領よく手提げに入れ、ボトルを大事そうに最後にしまった。そして、いつものように「さようなら」と言って、手を振って帰っていった。

 少女の姿がゲートの外に消えるまで見送った後で、切をつけるため、ぼくは手にしていたスプライトを一気に飲み干した。炭酸が弱くなっていた。

  エアコンの効いたシェルター内に戻り、少女がくれたパイナップルを制御コンソールに置くと、その甘い香りが広がり、無機質な部屋の空気が少し南国に染まった。

  今夜は、南十字星の眺め、スプライトを飲む以外に、これを食べる楽しみがある。

【著者のプロフィール】 「あらき」さん

コーラ小説の題材を、一年間、考え抜いて再応募。掲載の連絡がうれしい。悩みは、また、考え抜く状態に逆戻りしたこと。