コーラ白書
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コーラ津々浦々「コーラ白書、日経に載る」

中本 晋輔

携帯にその留守電が入っていたのは、私がベットで悶絶している時だった。週末に城崎で旬の松葉ガニを腹いっぱい食べたところ、よほど胃が驚いたのか翌日の帰りの急行で突然の腹痛。寝ても痛みは治まらず、転職してはじめての病欠を記録した日であった。

電話の主は日本経済新聞の記者Sさん。コーラ白書の件で電話したという。おそらくあの軽い編集者H氏が私の個人情報をリークしたのだろう。

・・・しかし、何故日経なんだ?

営業をやっていた頃は出張のお供だった新聞だが、どう考えてもコーラ白書と結びつかない。いろいろ考えているうちにまた腹痛がぶり返してしまい、ヨメの残したガスター10を飲んでベットに沈んだ。

携帯の着信音で起こされたのはそれから暫くしてからのこと。電話はさきのSさんから。何度か電話をもらっていたようだが全く気づかずに寝ていたようだ。

Sさんは日経の文化面を担当する記者とのこと。昨年11月に出版された書籍版「コーラ白書」を見て、この本をどんな奴が書いたのかと興味を持って連絡をしたという事らしい。「コーラ白書」の本ではなく、著者であるこのコーラバカを文化面の記事にしたいという。

・・・文化面? そして対象オレ?

なんだかよく分からないが、大きな話になっていることは確かだ。しかし日経の文化面といえば新聞の最後のページ。記事と言われても「私の履歴書」と「チンギス・ハーン」しか思い浮かばない。まさか森光子の次? それとも連載小説化? そんなバカな事を考えながら話を聞くうちに、ようやく趣旨が呑み込めてきた。

日経の文化面の中央、「私の履歴書」の右に様々な分野に長じた人を紹介するコーナーがある。一人称の語り調で書かれているが、あれは記者がインタビューして文章を起こしているのだという。そして今回その担当記者さんの目にコーラ白書が留まったということらしい。

情熱的に趣旨を語るSさんに、恐る恐る聞いてみた。
「いや・・あの・・コーラですよ? いいんですか?」

私も何度かその記事を読んだ事があるが、有名な専門家や大学教授など名だたる文化人が名を連ねていた記憶がある。

それに対してSさんは少し言いにくそうにしながら答えた。

「こういうと言葉が悪いんですが、コーラ白書ってある意味すごく馬鹿馬鹿しいじゃないですか。そういう、一つの事をとことん研究した方を紹介するところなんです」

少なくともコーラ白書の趣旨については理解して頂いているようだ。それに「馬鹿馬鹿しい」はコーラ白書への最大級の賛辞である。

これまで何度かマスコミから受けた連絡は、こちらを理解せず一方的な要望を突きつけるものが殆どだった。中には某テレビ局から珍しいコーラの缶を番組で使いたいのでその日の夕方に持ってきてほしいなんてのもあった。だから私も中橋もマスコミ関係にはアレルギー的な嫌悪感を持っていたことは否めない。

でも今回は、今までとちょっと違う雰囲気をSさんの話から感じていた。インタビュー受けてもいいかな、と。こちらの予定にあわせて土日でも大阪まで出張するとの申し出だったが、コーラごときで500kmを移動してもらうのも申し訳ない。ちょうど翌週東京に行く機会があったので、それにあわせて東京で会う約束をした。

↓ ↓ ↓

セミナーが終わり、すみだ産業会館を出たのは5時前だった。急いでJR錦糸町の駅に向かい、秋葉原経由で東京駅へと戻る。

Sさんとの待ち合わせ場所はJR東京駅の八重洲南口。少し早くついたので大丸の地下で時間を潰して、5時半前に改札に戻る。しかし、Sさんとは電話で一度話しただけだ。うまく会えるかどうか不安である。

と、改札の前に小柄な女性を発見。柱を背にして、前に組んだ手の上には書籍版「コーラ白書」が・・・。これは間違いようがないが、知らない人からはちょっと変な人に見えない事もない。慌てて声をかけると、やはりSさんであった。

白いスーツに身を包んだSさんは、電話で感じたとおり真面目な印象の方だった。挨拶もそこそこに東京駅の甘味処に入り、一番奥の席でインタビュー開始。紅茶を頼むと

「コーラじゃなくていいんですか?」

と聞かれるが、そんなにコーラは飲まない。

Sさんのコーラ白書には沢山の付箋が貼ってあり、かなり読み込まれている様子だ。仕事上必要に迫られてとはいえ、これは著者として結構嬉しい。アイスブレークがあるのかと思ったら、いきなり質問がスタートする。

時間短縮のためSさんから事前にいくつかの質問を頂いていた。それをベースにしながら質問されて、それに答える形でインタビューは進む。基本的に喋るのは嫌いではないのだが、Sさんの巧妙な質問の組み立てに乗せられていつも以上に口が軽くなる。さすがプロ。

話題は何故コーラなのかという根源的なところから始まり、白書の歴史からコーラの文化的側面まで幅広い。特にアメリカやイスラムでのコーラ文化については興味があるようで、詳しく説明しながらここが記事の中心になるんだろうなと思った。

Sさんは時折ノートに目を落としながら、私の有象無象の話を素早く書き留めていく。新聞記者といえばモールスキンのようなカッチリしたノートに文字を整然と書き込んでいくイメージを勝手に持っていたが、Sさんの道具は大学ノートと青の水性フェルトペン。質問しながらもそのペンは澱みなく、紙の上を自由に動き回る。あまりの書き取りの滑らかさに思わず「書くの、速いですね」と言うと、「これが仕事ですから」とサラリ。プロのかっこ良さを感じる瞬間だ。

話が弾み、というか上手く喋らせてもらったので1時間はあっという間に過ぎた。コートを着ながらながら今後の予定を確認すると、Sさんが原稿を書いた後一度こちらに送ってチェックをしてもらうという。一人称の記事なので、事前の著者の承諾が必要なのだそうだ。その後ゲラにしたものを再度送り、そこで問題がなければやっと掲載。ナカナカ大変である。

また顔入り掲載なので写真が必要になる。コーラ白書の書籍化のときはやたら高解像度のコーラの写真を求められて半泣きで撮りなおしたものだが、新聞だと証明写真レベルで問題ないという。今ここで撮りましょうかと言われたが、甘味処で写真を撮られるのもどうかと思って後で送ることに。結局入稿ぎりぎりに仕事帰りの疲れきった顔をヨメに撮ってもらった事を考えると、この場で撮ってもらった方が良かったのだが。

結局トータルで1時間半近くお話をして、インタビューは終了。お茶ごちそうさまでした。

年明けの1月7日、Sさんからメールが届いた。本来はFAXでやり取りをするそうだが、我が家にFAXがないのでメールで送ってもらうようお願いをしていたのだ。

出版業界ではFAXが情報伝達の主流のようで、Sさんも「1回目の原稿確認ならなんとかメールで・・・」とやや自信なさげだった。個人的には2回目のゲラもPDFでやってしまえばいいのにと思うのだが。

内容を確認してみると、2行目の

「変人と呼びたければ呼べ。」

という挑発的な文章を見つけてちょっと焦る。原稿の書き出しは書籍版コーラ白書の著者紹介を元にしているようだが、あれを書いたのは相棒の中橋である。一人称で全国版の新聞に自分が変人だと宣言するほど達観していないので、ここはもう少しマイルドにしてほしいとお願いする。

その他の内容については問題はなく、インタビューで取り止めもなくお話をした内容がきれいに整理されている。文章の組み立てや表現も巧みで、なかなか勉強になる。コーラの名称や文章のニュアンス、一部紹介するコーラの差し替えなどをお願いしたが、文章のほとんどは全く手を加える必要のない出来のものだった。

掲載予定は14日で第一回目の校正の締め切りは9日の夕方と、掲載までの時間は結構短い。8日夜に疲れた体に鞭打ち写真と校正依頼を送る。2回目のゲラはFAXのみなので実家に送ってもらうことにしたが、掲載日までに確認は無理なので事実上チャンスはこの一度だけ。まぁ事前確認が出来るだけでも有難い話なのだけど。

* * *

1月14日の祝日、私は三連休を利用して北海道に来ていた。その日は前日までの吹雪が嘘のような快晴。ホテルの窓からは白銀の街並みが函館山まで続いているのが見渡せる。

チェックアウトを済ませ荷物を預けた後、フロントの隅にあるペーパーハンガーから日経新聞を取ってくる。恐る恐る裏面を見てみると・・・

でかっ!

文化面のどまんなかに予想外の大きさで掲載されているではないか。タイトルは「所変わればコーラ変わる」、副題は「世界の製品を収集・研究、飲んで知る文化の味」。記事はこの日の文化面では最大で、右隣のアラン・グリーンスパンの約1.5倍。残念ながら森光子の回は既に終了しており競演はできなかった。

自分の話が(悪いことをしていないのに)新聞に載るというのはやはり嬉しいもので、ホテルの売店で2部を購入してしまった。1週間ほどして日経新聞からもう一部送られてきてしまい、ちょっともてあまし気味になった。

しかし読めば読むほど、何故コーラ白書がここに載っているのか分からない。日経新聞的にもちょっとした冒険だったのではないかと心配してみたり。

祝日で読んでる人は少ないだろうと油断していたのだが、反響は思ったより大きかった。同年代で日経を取っている人も多いようで、同級生や後輩から多く連絡をもらえたのが何より嬉しかった。その中には連絡の途絶えていた友人が、記事からホームページを探してメールしてきたものもあった。

マスコミ関係からも何件か問い合わせがあった。だがあまり興味がもてないのと、先方の要求こちらが合わせられないので全て丁重にお断りさせて頂いた。中には1日返事がないと日経にまで連絡を入れた失礼なテレビ局もあり、彼らに対するアレルギーは当分直りそうにない。

ちなみにうちの従兄のにいちゃんは私と気付かず記事を読んで「変な奴が世の中におるもんやなぁ」と話していたらしい。それが一般的な反応だよね。

なにはともあれ、結構楽しいイベントであった。

この場を借りて、日経新聞のSさんに御礼申し上げます。