Corundum
ある暖かい冬の日に、僕は立ち木にビニールの紐が絡まっているのを見た。
冬の前には秋があって、学校祭などもおこなわれていたし、それなら立ち木に立て看板の一つや二つはあったろうし、そんなものを立てる若者がチリひとつのこさずとっぱらってゆくほうが不思議だろうから、当然僕ははじめはなんとも思わなかった。
僕は実際それどころではなかったのだ。僕の周りには数年来つもりに積もった不機嫌の原因が雪さながらに積もって溶けない結晶を成長させていたし、明日世界が滅ぶと言われても誰から先に殴りに行けばいいのか迷うぐらいだったし、なによりその終末を誰と一緒に迎えたらいいんだか見当もつかない。
そんなわけで僕はものすごいスピードで自転車を走らせて大学の中を通り抜けていった。ついでに隣の木にも紐が括り付けられていた。白い荷作り用の、縦には難なく裂けるけど切れない紐。ちなみにその次の木には、幹にぐるっと一周。その次の木で僕はいいかげんうんざりした。その木には、赤い紐が下から上へ、そして白い紐も、下から上へ、幹をぐるぐる巻きにしていたのだった。
まず僕が考えたのは、暇人、という言葉だった。
確かにここには夜な夜なスケボーなどに興じる若者がいて、車がこないことを最大限に利用していた。まあ僕なんかもそれを利用して通り抜けに使わせてもらっている身なので、文句をいう筋合いではないが、まあ、彼らがその合間にこのくらいのことをしても何の不思議もない。理由は本人たちにしか分かるまい。彼等ののんきな身分をうらやましくまたいまいましく思いながら、それでも安全のために自転車のスピードを緩めつつ、裏門への曲がり角を曲がった。
そして、やっとすべてを理解した。
裏門の横の大桜は、赤と緑のビニール紐で幹をぐるぐるに巻かれ、銀色のビールの空き缶がいくつも吊り下げられていた。僕は少し笑った。これをクリスマスツリーだと思うやつがどこにいるってんだろう、全く?。僕は自転車をとめ、鞄からコーラの缶を引っ張り出した。ちょっと寒いが一気に飲み干す。近くに落ちていた紐のきれっぱしをプルトップに結びつけると、大吉のおみくじを木に結ぶような慎重さで、大きく張り出した枝に結びつけた。クリスマスツリーの銀の飾りの中に、赤い缶はさりげなく収まっていた。
僕はしのび笑いをもらしつつ家路についた。もし明日世界が滅ぶなら———僕はあれを作ったやつに会いに行く、と思いながら。