コーラ白書
TOP四季報データベース缶コレ資料館殿堂検索ヘルプ
English

コーラ・ファウンテン

中本 晋輔 & 中橋 一朗

はじめまして、私は卒論でコークとペプシのブランド戦略について研究しています。そのなかでペプシ逆転のシナリオを作りたいのですが、何かアドバイスをいただけたらと思いメールしました。また、過去の両者のテレビCMを見たいのですが、どういった手段がありますか?教えてください。よろしくお願いします。

(都留文化大学の学生さん)

すいません。メールがINBOXの底に溜まったままになってまして、お返事が遅れました。

> ペプシ逆転のシナリオを作りたいのですが、何かアドバイスを

とても難しい質問です。

本国ではPEPSIがCoca-Colaに肉薄した(もしかしたら、追い抜いた)時期がありました。そのあたりはコーラの歴史でも触れましたので、参考にしていただければと思います。とはいえ、簡単に答えが出てくるようであれば、我々も今頃は大金持ちです。

テレビ用のコマーシャル・フィルムは、各社の広報で保存していると思います。上手に頼めば、見せてもらえるかもしれません。

(なかはし)

ホンネを言うと…コーラよりも Root Beer (A&M is the best!)が大好物なんですが、実はコ−ラ(ここでは”コカ・コ−ラ”を指します)の歴史について、2,3お尋ねしたいことがあり、メールを送信する次第です。

1:日本で、コカ・コ−ラが初めて飲まれるようになった時期をしりたいのです。

と、言いますのも、僕自身何の根拠がないまま、戦後、進駐軍が持ちこんだ…思っていました。ところが『ロッパの悲食記』に、次の文章をみつけましたので…。

……”やがて、僕等が中学生になった頃だと思うんだが、コカコラが、アメリカから渡来したのは。/いまのコカコラとコカコラが違った。…(中略)…発音も…コカコラと縮めて発音していた…(中略)…味は、ほとんどアムバ−(こはく色)の、薄色で、殆ど透明だったようだ。

味には、ひどく癖があって、一寸こう膠みたいなにおいがする—兎に角、薬臭いんだ。…コカコラの中に、コカインが入っていたってのは、その頃の奴じゃないだろうか。…(以下略)”

ロッパ氏は明治36年の生まれ。元・華族。名役者、文筆家。そして、超がつくグルマン、これまた超がつく読書家、気位が高い、教養人。一流の文化人。

そして…食べ物に関しては、この方の文章は『百科事典』と言っても過言ではないほど、詳細かつ正確な資料です。−−この文章も、信用できます。すると、仮にロッパ氏が15歳、とすれば…大正6年頃に、ともかく売っていたことになります。

お尋ねしたいのは、<他の資料には、どう書いてあるのか?>です。

コカコ−ラは、元々が、19世紀に発売された『滋養強壮剤』ですから、仮に(当時の製品に)コカインが配合されていても、何ら不思議ではない…正確に言えば、入っていて、それで普通でしょう。

それにしても、大正前半まで遡るのでしょうか?清涼飲料ならば、ジンジャ−・エ−ルが明治前期に輸入されてはいますが…。

どうかご教示くだされば幸甚に存じます。

M.S.拝
(追記:ペプシコ−ラは、どうやら戦後、進駐軍と一緒に上陸したようです。)

コーラ図書館に掲載しました、「コカ・コーラの秘密」によると、大正8年に明治屋が「コカ・コーラ・タンサン」の雑誌広告を出しているそうです(これが日本でのコカ・コーラに関する資料の初出であるかどうかは、わかりません)。

当時の状況を考えると、コカ・コーラはシロップの形でアメリカから輸入されたと思われます。そして、相当に高価なものだったでしょうから、本来の処方よりも薄めて飲まれていたのかも知れません。

それから、1903年8月以前のコカ・コーラにコカインが含まれていたことは事実です。この点については、コーラの歴史 第5回をご覧下さい。

コーラ四季報おもしろく読ませていただいております。
主として、甘味料の特集ですが。非常に参考になりました。
昨年、我が家ではメインの甘味料を砂糖から還元麦芽糖に
切り替えたのですが、その際、参考にさせていただきました。 さて、この甘味料の特集の中で、
1点非常に、気になったことがあります。
第何回の特集だったか忘れましたが、
研究者は自分のサンプルを舐めないようにしましょうと
注意を喚起されていましたが、
戦前くらいまでは 「ベロメータ」と称して自分のサンプルを
舐める化学者がいたようです。
とある書籍によると、理研の鈴木梅太郎先生は、
いろんなサンプルを片端から舐めて回っていたそうです。
(自分のサンプルのみならず、他人のサンプルまで!)
もっともその代償でしょうか、死んだ後解剖してみると、
内臓が全部癒着していたそうですが、、、。
(生前は症状なかったのだろうか?)
たぶん、舐めていたのがこの人だけってことは無いでしょう。
また、化学者とは言いかねますが、
戦後もメッキ業界では、メッキ液のチェックのため
舐める人は多かったようです。
ほんの数年前の話だそうですが、
メッキ液のチェックのため、クロムメッキのメッキ液を舐めて
いる人が居て、周りの人が唖然としていると、本人曰く、
「三価のクロムだから大丈夫。六価のクロムはやばいけどね。」
だそうです。
このほかにも台湾に技術指導に行ったメッキ技術者が現地で
メッキ液を舐めた話を読んだことがあります。
また、塩化第一水銀のことを「甘こう」といっている時点で、
昔はどんなことが行われていたか、想像がつくような気がし
ます。
化学系では当然知られている話と思っていましたが、、。
気になったのでメールさせていただきました。
またおもしろい特集を期待しています。

(「一読者」さん)

お便り読ませていただきました。興味深いご指摘ありがとうございます。化学に通じた方からご意見いただけるのはとても嬉しいです。

現在でも日本酒や食品を実際に食べて評価することを「ベロメーター」と称していると聞いたことはありますが、戦前の科学者の話は初耳でした。

> 確か、理研の鈴木梅太郎先生じゃなかったかと思いますが、

さすがビタミンの発見者だけあって豪快な逸話ですね(これも初耳でした)

ただ、これは想像ですが、鈴木先生の場合はその研究のテーマがら食品由来の成分を扱うことが多かったのではないでしょうか。分野によっては「絶対死ぬ!」みたいな試料をあつかうところもありますので・・(私の友人の試料は空気に触れると爆発します)

メッキの話は聞いたことがあります。ただこの場合も「6価は危険だが3価は大丈夫」という知識があるからできることなのかもしれません。このあたりは化学というより職人技の領域ですね。

Hg2Cl2はたしかに甘いらしいと聞いたことがあります。ただこの物質は結構毒性が高いので、慢性的に摂取すると危険だと思います。

などと正論を言ったところで、やはり科学者にとって自分のサンプルを舐めるのは非常に魅力的なことであると思います。自分のサンプルに関する情報を自分の五感でダイレクトに感じることができるのですから、これほど面白いことはないでしょう。かく言う私も測定用の臭化カリウムを舐めたことがあります(おいしくないです)。

みんなそんなことを考えるからこそFieser先生も「有機化学実験」の中でわざわざ

「サンプルのにおうのはよいが、舐めてはいけない」

と書いているのかもしれないですね。

舐めるときは自己責任で、といったところでしょうか。

(中本)