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2001年4月号
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古都金沢 黄金の自販機を探せ! 編

中橋 一朗

プロローグ

初めまして、魔風と言うものです。

先日金沢に行った際、金箔座という金箔細工のお店で全体を金箔で貼った自販機見ました。コカ・コーラの注文で、世界に一台しかないキンキラ自販機だそうです。

もちろん実際に飲み物を売っています。味は一緒でしたが(苦笑)

★ ★ ★

コーラ白書宛にこんなメールが届いたのは、昨年の夏のことだった。私はその内容に強く関心を持った。というのも、想起された「黄金の自販機」というイメージが、いかにもコカ・コーラ的だと思ったからだ。ペプシやバージンなら、同じ予算で容姿抜群の(でも頭は悪いかもしれない)アイドルを連れてくるに違いない。しかしコカ・コーラには昔から、そういう老獪なところがあるのだ。

とはいえ、しがない一般庶民である我々は、コーラ四季報の編集よりはむしろ日常の生活に追われている。そういう訳で、金沢へと出発したのはまさに世紀末、昨年の暮れのことであった。カレンダーに印をつけたとき、雪の金沢なんて素敵だね、と、中本は言った。

1. タイヤチェーンは鎖ではなかった

その日は朝から曇天だった。ラジオの交通情報は北陸地方の雪を伝えている。大阪から金沢まで北陸自動車道経由で約3時間、という計算は修正を余儀なくされるだろうと私は思った。

名神高速道路が京都府を越え、滋賀県に入ると、雲の色はいっそう濃くなり、周囲は冬らしい陰鬱さに満たされていった。車は彦根の手前で短い渋滞に巻き込まれ、その間についに白いものがはらりと舞い始めた。残念ながら、北陸道の走行規制は避けられそうにない。

助手席の中本もしきりに天候について心配していた。その不安は私などのそれよりも、ずっと深刻なもののようだった。中本はついに、途中からJRに乗り換えることについて提案した。電車だって? 何を馬鹿なことを。トランクにはちゃんと、タイヤチェーンが入ってるんだぜ。これさえあればどんな雪道だってへっちゃらだって、おじいちゃんも言ってただろう。だから心配せずに、黙って笹かまぼこでも食ってればいいのさ。私は最高の笑顔で、中本にそう言った。中本は少しだけ安心したみたいだった。

車が石川県に入ると、予想通りチェーン規制がスタートした。我々は敦賀インターでチェーン脱着場に誘導され、そこでタイヤチェーンを装着することになった。中本は私に聞いた。

「で、チェーンって、どうやって着けるん?」

知らない。断じて知っている訳がない。今までに一度も着けたことがない。中本はなんだかとても不満そうな顔をしたが、私は気にしないことにした。中本はいつだって不満そうな顔をしているのだ。

しかし実際のところ、私には大きな不満があった。我々が右往左往しながらチェーンを取り付けたり、やっぱり仕上がりが気に入らなくてまた外したりしている間に、周りの車は次々とチェーンを取り付け、立ち去っていくのだ。

いくら我々が不慣れだからといってもその手際の差は納得がいかない。と、よく見ると、ほとんどの車はチェーンなど着けてはいないのだ。彼らの「チェーン」は合成樹脂製で、ほとんどワンタッチでタイヤに固定できるのである。対して我々のチェーンは昔ながらの、本物の「鉄の鎖」。取り付けるのはとてつもなく面倒くさい。

というわけで、約30分の奮闘努力の後、我々は再び雪の中を走り出した。

2. 暴れるチェーン、車体を砕くか?

タイヤチェーンを着けて走る時の独特の振動は、快適なものとは言いがたいが、一種恍惚の感がある。我々は困難な仕事を成し遂げたところだったので、ずいぶんといい気持ちになった。

ところが数分もしないうちに、不思議なことが起こった。車の後輪付近から、

「バタバタガキゴキゴギバキ...

と、ちょっと心当たりのない音がするのである。で、明晰な頭脳を駆使して考えてみると、後輪にはチェーンがあり、さらにその異音の周期が、タイヤの回転数と明確に関連しているのである。中本君どう思う?

「ヤバいんちゃう?」

そうかなぁ。やっぱりマズいかなあ。でも知ってる? 高速道路って、止まっちゃ駄目なんだって。中本君どう思う?

「ヤバいねぇ。」

ああ、なんて頼りにならない中本君なんだ。

やむを得ず徐行する我々の横を、多くの車が普段と変わらないスピードで追い抜いていく。我々は今完全に、道路上の障害物と化した。ああ、社会の大迷惑だ、どうしよう、と考える理性を、

「ゴンゴンギンガンベベベベ...

という異音がかき消していく。なかはし君、ちょっとピンチ!

というわけで、意を決して路肩に車を止めること数度、なんだかチェーンの「ヘソ」みたいなものが見えてきて、あーしたりこーしたりしているうちに、何とか70km/hぐらいの速度で走れるようになってきた。

チェーン規制は福井インターの先で解除された。そのときの我々の喜びようについてはまた改めてご紹介したいほどだが、とりあえずここで強調しておきたいのは、チェーン規制区間中、雪なんて少しも積もってなかったってことである。騙したのか道路公団?

3. 取材班、古都を彷徨う

そんなこんなで、我々が金沢市内に入ったのはもう15時に近い時間であった。3時間の予定だった旅は、ほとんど6時間近くになってしまったわけだ。

我々が目指した金箔工芸の店々は、金沢市の東部を流れる浅野川に程近い、「ひがし茶屋街」付近に集中している。かつての遊郭は喫茶店や雑貨店に変わったが、建物の大半は保存され、往時の面影を残している。ひっそりと雪を抱いた町並みは、確かに美しい。

我々は細い通りを歩きながら、食い物屋を探していた。空腹だったのだ。特に中本は空腹になると不機嫌になるから良くない。一刻も早くうまい昼飯にありつかねば、自販機探しどころの騒ぎではない。しかし既にランチ・タイムを過ぎてしまった今、どの店も暖簾を降ろしたり、「喫茶だけ」の張り紙をしたりしている。せめてカレーでもいい。食わせて。

一帯をひととおり彷徨った挙句、何とか飛び込んだ店でも「すみませんお食事は終わっちゃったんですよー」と言われ、仕方なく茶と茶菓子を注文してヤケクソのように一息にほおばった。基本的に金沢の食い物は旨いと思っている。しかし、食わせてもらえないんじゃ話にならん。

問題の自販機は、結局茶屋街から10分ほど北へ歩いたところにある「箔座本店」にあった。店の前のさほど広くない駐車場には、観光バスがひっきりなしに到着し、大量の観光客が店内に飲み込まれていく。取り扱う商品に関わらず、このようなタイプの店舗は日本中にたくさん存在するが、中でもこの「箔座本店」は筋金入りといえる。

しかしその店内は、さすがに豪奢な雰囲気に包まれている。加賀百万石の伝統に培われた巧の技が、我々の貧相な資本主義を超越する一瞬だ。高純度の金を厚さ0.1μにまで「叩き伸ばし」、それをあらゆる面に貼り付ける技術は、世界的にも類を見ない高度なものだ。黄金の国ジパングの幻想を生んだ細工物の数々が並ぶ店の片隅に、果たしてその自販機はあった。

4. 黄金の自販機、如何なコーラを抱くか?

その外観は、異様といえる。屋内用の、小ぶりな自動販売機の全面が、金箔に覆われている。もちろんショーケースの透明部分や、投入した硬貨の金額を示す部分など、必要な部分はそのまま残されているが、それ以外の外側から見える部分は全て黄金に輝いている。

早速120円を投入し、コーラのボタンを押してみる。取り出し口を開けると、さすがに内側まで金箔を貼ることはしなかったようだ。コーラは250ml入りのごく一般的なコカ・コーラ缶で、中身は金箔入り、なんてことはなかった。

しかしこの奇妙な自販機、いったい何故作られたのか。日本コカ・コーラ社の依頼で作られた、ということ以外はよくわからない。しかしさほど宣伝されていないことから考えて、何か複雑な事情があったのかもしれない。

我々は金箔入りのキャンディーなどを買い求めて、この黄金郷を後にした。そして金沢駅で刺身を少し食って、かき餅と落雁を買った。

帰りの北陸道は何の規制もなく、ずいぶんとスムーズに走った。ラジオの「世界の快適音楽セレクション」からはタヒチの民族音楽が流れ、かき餅の味を引き立てた。大阪へは予定通り3時間で到着した。朝には満タンだった燃料計の針が、ちょうど「E」を指し示したところだった。


情報をご提供いただいた魔風さん、どうもありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。


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